廃人魔女はバッドエンドが許せない
えんじゅ
第一章 強くてニューゲーム
プロローグ
――ひとつの世界が救われようとしている。
純白の光柱が、雲海を貫いて遥か天上まで伸びていた。
静謐な輝きがオーロラのように広がり、大陸全土を包み込んでいく。
光の粒は、朽ちた竜が風化して礎となった山脈を越え、大蛇の這いずった跡に満ちた河川を過ぎ、まだ見ぬ果てに憧れる少年を追い越して、海平線へ沈んでいく。
『神の光』として語り継がれてきた聖なる力。
それは、世を混沌と占めるべく目覚めた魔王を、再び深淵に閉ざす光輝だ。
『神の光』にのまれていく魔王は、既に輪郭線も淡く、体躯は色硝子のように透き通っている。
勇者イクサ・イシュノルアは、改めて……伝承される偶像とはまるで異なる、華奢で脆弱そうな魔王の風貌を見据えた。
伝説との差異に戸惑っているのは、なにも彼だけじゃない。
振り返れば、困難な旅を共に乗り越えてきた四人の仲間達の姿。
老獪の魔術師アジルヒム・コルトレツィスは皺でもみくちゃになっている双眸を、かっと見開いていた。
天賦の双剣士オーマ・ローゼは飄々とした態度を崩していないが、一筋の汗を頬に伝わせている。
獣人の武闘家エリィ・ブルーメは……あまり変化がない。ただ、普段よりも、ちょっとだけ猫耳がそそり立っている気がした。
そして、イクサの心の拠り所にもなりつつあった神託の聖少女。
ウルメ・メイヒェンは、今にも泣き出してしまいそうな表情で、じっとイクサを見つめていた。
目を瞑れば、目蓋の裏に仲間達との、そして、彼女との日々が鮮明に蘇る。
魔王が復活する。それも、猶予は残り僅か。
突然、神託の少女が告げた啓示は、世を震撼させるには充分過ぎるものだった。
100年前。かつての勇者は聖剣『ラムスプリンガ』を媒体にして『神の光』を起こした。しかし、魔王の消滅は叶わず、封印にとどまったのだと語り継がれている。
史記によれば、封印が弱まり魔王が再び目覚めるまでに500年は必要だと推測されていた。
それは当時の勇者による遺言であり、絶対の真実として信じられていた。
しかし、聖少女が天より魔王再来の神託を授かったことにより、状況は一変してしまったのだ。
勇者の末裔であるイクサの元に使者が訪れたのは、神託からたった数日後の話だった。
そうしてイクサは勇者として、そう遠くない先に目覚めるであろう魔王を今一度封印する為の旅へ赴いたのだ。
「……イクサっ……」
ウルの声が震えていた。喉を詰まらせた小さな子供のように喘いでいる。短いようで長く、辛いようで、どこか満ち足りていた道程だった。
本来であれば、誰にも告げずに。イクサはこの結末を受け入れるつもりだった。
それなのに……彼女だけ。
ウルだけには、とうとう隠し通せなかった。
最後に立ち寄った『バンヘーゼン』での、彼女との情憬が脳幕に焼き付いて離れない。
己の無力さを噛みしめ、止め処なく溢れそうになる涙を堪えて、イクサは仲間達へ微笑んだ。そして、振り切る様に前を向いて一歩。また一歩と、ゆっくり魔王の元へ歩み寄っていく。
仲間達の叫ぶ声が背中に突き刺さる。
彼の祖先である、かつての勇者はどういう想いで『神の光』を眺めていたのだろうか。
真に救うべきは何か?
イクサは信じている。きっと彼女も。
今はただ、こうすることしかできない。
「勇者よ……」
後悔はなかった。
神の光の向こう側で魔王が安らかな笑みをたたえている。
「――ありがとう」
その言葉を最期に、勇者イクサ・イシュノルアの夢のような生涯は幕を閉じた。
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