どうして私に人を殺させてくれないんですか?

ちびまるフォイ

あなたは死んでいい人間

『あなたは民間処刑人として抽選されました。

 死刑執行のお手伝いができる場合にh

 国から一定額の給付金が支払われます』


黒い封筒で処刑人候補者に向けたお知らせが届いた。

そういう制度が作られたのは知っていたが、自分に届くとは思わなかった。


「どうしよう……死刑かぁ」


「あなた。無理することないわ。

 私はお金なんていらない」


「いやそっちじゃなくて。

 俺が断ったらきっと別の候補者にいくんだろうなって……」


誰かにしわ寄せがいくのであればせめて自分で背負いたい。

そんな責任感からか民間処刑人として出向くことにした。


待合室に通されると若い男がすでにいた。


「お! あんたも処刑人志願者か?」


「処刑人志願者? いえ、単に手紙が届いて……」


「あっそ。普通の人か」


「あなたは志願したんですか?」


「当たり前だろ。人を合法的にぶっ殺せるうえ

 金までもらえるんだぜ!? こんなの志願するしかないだろ!」


「ええ……」


将来なんらかの犯罪を起こしそうで怖い。


「処刑人のみなさん、こちらへ」


待合室から次に案内されたのはボタンが並ぶ小さな部屋。

ガラスを隔てた向こう側で死刑人が立っている。


「合図をしたらボタンを押してください」


案内係は事務的に告げた。

死刑となった人はガラスの向こう側でこちらに中指を立てたり、

挑発的に舌を出したりして煽っている。


まるで死刑なんて怖くないぞ、と言っているよう。

反省なんてまるでない。

死刑になるくらいの人間なんだから当然か。

反省もしないようなクズだからこの場にいるんだ。


「では押してください」


どれがスイッチかわからないボタンを押した。

その瞬間、ガラス越しでも聞こえるほど「バン」という破裂音ともに死刑囚の体は膨張し破裂した。


「うえっ……うえええ!!」


さっきまで人を殺したいと息巻いていた若者は、

その光景を見て気分を悪くしてその場に吐いた。


その横で俺は自分の手に残るボタンの感触と、

さっきまで挑発していた人間が破裂した快感に震えていた。


「今、命を奪ったんだ……!」


その日、妻には黙って処刑人として登録をした。

これからは抽選されるのではなく死刑ごとに行けるようになる。


「あなた、最近仕事忙しいの?

 休みの日でも会社に行っているけど」


「あ、ああ……そうだね」


「今度旅行にでもいかない?」


「うん。仕事が落ち着いたらどこか行こう」


休日出勤だとごまかして俺は死刑執行所へと向かった。

ストレスが溜まるとここへ来るようになっていた。すっかり常連。


「処刑人のみなさん、こちらへ」


顔見知りとなった案内人と一緒にいつもの部屋に入る。


「なっ……!? み、みっちゃん……!?」


ガラスの向こうに立っている男を見て驚いた。


中学の同級生だった。

当時はいつも一緒に遊んでいた親友。

忘れられるはずもない。


無理を言って死刑人と話すことが出来た。


「みっちゃん! どうして!?」


「田中くん……久しぶりじゃないか。

 実は、人を殺してしまったんだ……。

 いやそうなった、というべきかな」


「どういうこと?」


「裁判でそうなったんだよ。

 何度も何度も訴えてもダメだった。

 犯人に仕立て上げられて……今じゃここさ」


「ひどい……そんなことするやつじゃないだろう」


「最後に話せてよかった」


かつての親友との話はそれだけだった。

この処刑所の建物や構造は何度も来ているので頭に入っている。


その気になれば逃がすことだって……。



バンッ!



いつものようにボタンが押され。

死刑囚の体は破裂し、判別がつかなくなった。


死刑を終えて処刑所を出てから、大きなゴミ箱のフタを開ける。


「……みっちゃん、みっちゃん。いるか」


「ああ、田中くん。本当にありがとう。

 助けてくれたんだね!」


「親友だから当然だろ」


「この恩は忘れない! 今はどこに住んでいるんだ?」


「〇〇町の近くだよ」

「そうか、ありがとう!」


みっちゃんの背中はどんどん遠くなっていった。

死刑執行記録もちゃんと偽造している。


死んだはずの死刑囚が生きているとは誰も思わないだろう。


「はぁ……今日の死刑はめっちゃ疲れた……。

 家でゆっくり風呂にでも入って疲れを取ろう」


いつもはストレス発散の死刑執行が今日は辛かった。

家に帰ると電気はついていなかった。


「ただいま。あれ? いないのか?」


電気をつけると壁からは誕生日にぶらさげる三角旗のように、

赤黒いヒモのようなものがたわんで下がっていた。


部屋にはすっぱいような匂いがして思わず鼻をつまむ。


「は……花江……?」


部屋の墨には裂かれた妻だったものが落ちていた。

壁には妻の血を塗りつけた手で『助けてくれてアリガトウ』と落書きされている。


妻の体から抜かれた心臓にはろうそくが立てられている。

部屋にぶらさがっていたヒモが腸だとやっと気づいた。


「あっ……あの野郎ぉぉぉ……!!」


怒りと憎しみ、喪失感をも凌ぐほどの後悔が体を満たした。

死刑になるやつなんてろくな人間はいない。

どうしてそれなのに逃してしまったのか。


凄惨な殺人事件が起きたとして、犯人の男はすぐに捕まった。

もともと死刑囚だったのもあり死刑は確定となった。


俺は死刑執行所に訪れると必死に頼み込んだ。


「お願いです! あいつを! 俺の手で殺させてください!!」


「いいえダメです。あなたは前回に死刑囚を逃したでしょう」


「妻が殺されているんですよ!

 今度は逃がすわけないじゃないですか!」


「そうとも言い切れないでしょう。とにかく認めません」


死刑執行まであと3日。

いくら頼み込んでもけして受け入れてもらえなかった。


「お願いしますーー。死刑執行人の候補者として認めて下さいーー」


今度は街頭でチラシを配り始めた。

同情を集めて一般の人の嘆願書を集めれば、

特例で自分が執行人として認められると思った。


死刑執行まであと2日。


「俺を死刑執行人として認めさせてほしいというサインが

 ここに1万人ぶんあります! これで認めてください!」


「ダメです。何を言っても、誰がどんなに言っても

 この決定を覆すことは出来ません」


「なんでそんなに頭がかたいんだ!

 すでにSNSでも俺を執行人として参加させるべきと

 1億ツイート以上されているんだぞ!?」


「死刑執行人の立場を利用して復讐をしたいだけでしょう!」


「ふさわしい人間によって処罰されるべきだと言ってるんです!」


死刑執行まであと1日。

こんな状況であっても死刑執行人として認めてもらえなかった。

もうどうしようもなかった。


 ・

 ・

 ・


その後、死刑執行日当日を迎えた。


ガラスの向こうには死刑執行の候補者が集まってくる。


「それでは合図をしたらボタンを押してください」


ガラスを隔てた向こう側で聞こえる。

案内人はこちらの部屋へと入ってくる。


「なにか言い残すことはありますか?」


この部屋に入ってから決めていたセリフを話すことにした。



「誰かに殺される前に、自分の手でアイツを処刑できて良かった。

 もう思い残すことは何もありません」



案内人は候補者がいる別室に戻ると合図を出した。


バン。

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