第11話 お昼の一時

 お昼休み、ボクたちはご飯を食べながら雑談をしていると、酒吞童子が急に思い出したように報告をしてきた。

「そういえばよ、配信用キャラクターの準備だいぶできたらしいんだ。後は微調整とか言ってたっけな。一応俺たちの分は全員分あるらしいけど、みなもや黒奈の分はまだなんだとよ」

「ほえ? もうできるの? 姉様たちは仕事が早いなぁ。じゃあもうすぐ配信かぁ」

 酒吞童子たちの配信用キャラクターについてはどんな感じになったのかはわからないけど、実物から考えると、そんなに大差はなさそうだ。

「ちなみになんだけど、鈴のキャラクターはどんな感じになったの?」

「あー、あんま変わんねえな。髪の隙間から角がにょきっと生えてるくらいか」

「鈴はそのままでもお姫様みたいな見た目してるからね。あまり手を加えるともったいないよ」

「あれ? でもそれじゃすぐに本人とばれちゃうんじゃないの?」

 茨木童子と星熊童子が酒吞童子のキャラクターについて議論を交わす。

 茨木童子の言っていることももちろんだと思うけど、星熊童子の言っていることも大切だ。

「でもさ、普段の鈴は結構動くから、あっちこっち髪の毛が跳ねたりしててお姫さまって印象は一切ないよね」

 ボクはなんとなく想像してみたがやっぱり本人とは結びつかないような気がした。

「わかるわかる」

「そもそもガサツ」

 熊童子と金熊童子がボクの言葉に同意する。

「お前らな~! 俺だって大人しくしてれば一応それっぽく見えなくもないんだぞ? 大昔は貴族の姫の振りをしていたこともあるしな」

 意外な酒吞童子の言葉に、ボクらは皆驚いた。

 というか、なんで大江山四天王まで驚いてるんだろう。


「あ、あの!」

 不意にこれまで黙っていた杏ちゃんが声をかけてきた。

「どうしたの? 杏ちゃん」

「あと、えと、その。あたしも配信やってましてですね、実はですね、暮葉様の配信も拝見させていただいておりますううう」

「う? うん? あ、ありがとう? でも落ち着いて。どんな名前で配信やってるの?」

 なぜだかやたら緊張した様子でそう話してくる杏ちゃんにボクもやや困惑。

 どうしてそんなに焦っているのだろう? とボクは考えた。

 しかし、答えをくれたのは弥生姉様だった。


「杏ちゃんはね~、暮葉ちゃんの放送で舞い上がりすぎて思い切って告白しちゃったのよ」

「あうあうあう……」

 杏ちゃんは顔が真っ赤になっている。

「暮葉はまたか。どこで誑し込んだんだ?」

「ちょ、だましてないからね!? 第一ボクはそうそう告白はされないよ。この前の放送で小毬ちゃんに言われたくらいで――。もしかして小毬ちゃん?」

 ボクがそう言うと、杏ちゃんは固まって動かなくなった。

 そして――。

「は、はいぃぃぃ。そ、そうですうぅぅぅ」

「あ、あはは……」

 まさか子狐小毬ちゃんがボクの目の前にいるとは思わなかった。

 いつも元気でお兄ちゃんお姉ちゃんと言っていた癒し系妹キャラクターが、本当に小さくて可愛いとは誰も思うまい。

 これはリアルイベントに出たとしても人気確実ですわ。

 不謹慎ながらボクはそんなことを考えてしまった。

「へぇ~、私も知っていたけど、本人はこんなに可愛らしかったんだね。これは皆が放ってはおかないね」

 茨木童子が軽い口調でそんな感想を口にすると、杏ちゃんはわたわたと手を振って慌て出した。

「もう、三奈は見た目だけならイケメンな男役もできるんだから、あまりそういうこといっちゃだめだよ~?」

 半分呆れたように熊童子が茨木童子にそう言って窘めう。

 この二人は仲が良いけど恋人関係というわけではない。

 大江山の鬼たちはこんな感じで仲が良いことで有名だ。

「わかってるよ。私が守るべきなのは暮葉と大江山の皆だからな」

 茨木童子がそう言って微笑むが、そこに杏ちゃんが食いついてきた。

「お、大江山!? あそこの人って言うと、鬼族ですよね。えっと、もしかして酒吞童子様たちのご親戚か何かで……?」

 恐る恐る訊ねてくる杏ちゃんがなんだかとても可愛らしかった。

「おう? 俺様がその酒吞童子だ。んでこいの茨木が茨木童子、熊谷は熊童子で金井は金熊童子、星野は星熊童子だぜ。んでそこの小さいのが両面宿儺」

「うあー、小さいっていうなー。叩くぞー」

「やめろって、俺でも死ぬほど痛いんだからよ」

 酒吞童子に向かって若干眉を吊り上げたスクナが右手を拳の形にして握りしめる。

 慌てて酒吞童子はスクナをなだめ始めた。

「大江山の鬼の筆頭とその四天王、それに両面宿儺様……。このメンバーものすっごくこわいです」

「鬼族の筆頭は亜寿沙姉だから間違えるなよ? まぁいいけど。おい暮葉、スクナを止めてくれ」

「うあーうあー!」

 両手を振り上げ威嚇し続けるスクナをボクはため息交じりに宥めることにした。

「スクナ、ほらもうやめなって。小さくてもいいじゃない。可愛いんだから」

「むー、暮葉まで小さいっていうー。でもそうかー、かわいいかー。なら許すー」

 そう言うとスクナは振り上げていた両手を下ろしてとことこと歩いてボクに近づき、空いていたボクの膝の上にすとんと腰を下ろして寝そべるように収まった。

「なでてー」

「はいはい」

 スクナは猫か何かのようにボクの胸元に頭を擦り付けるとなでなでを要求してくる。

「な、なんだかすごいですね。あたしびっくりしちゃいました」

「うふふ、そうねぇ。暮葉ちゃん人気あるから。お姉ちゃん嬉しい」

 ボクたちから微妙に離れた場所で二人はそう話しているのが聞こえてきた。


 しばらくスクナをなでなでしていると、スクナが顔を上げたのが分かった。

 もうおしまいでいいのかな? と思いスクナを見ると、じっとボクのことをつぶらな瞳で見つめている。

「スクナ、どうしたの? 何か言いたいことでも?」

 ボクがそう振ると、スクナはゆっくり口を開いた。

「暮葉ー、いつもありがとー。うちなー、暮葉たちが居てくれてうれしいー。配信一緒にやるときー、たくさんあそぼー」

 普段はあまりそういうことを言わないスクナが珍しくそう言ってきたのだ。

 その言葉にボクも周りも驚いていた。

「スクナたちとは昔からずっと一緒なんだから気にしなくていいよ。配信一緒に楽しもうね」

「うん~」

 ボクの言葉にスクナは嬉しそうに頷いた。

「ところでさ、その体勢辛くないの?」

「ん~。大丈夫~。そだ~、暮葉~」

 のんびりした口調のまま真上のボクを見つめながらそう言うスクナ。

 そしてそのまま上体を起こしてボクのほうに顔をどんどん近づけてくる。

「!?」

 そして唇が触れるか触れないかの寸前でニッと笑って横にスライド、ボクにその勢いその勢いのまま抱き着いてきた。

「えへへ~。キスされるとおもった~?」

「うん。びっくりしてドキドキしたよ。いたずらはだめだよ?」

「またそのうちやったげるね~」

 ボクの言葉にスクナは悪びれもせずそう答えた。

「はわわ、ドキドキしました」

「またか。なに遊んでんだよ」

 顔を真っ赤にした杏ちゃんがそう言い、酒吞童子があきれ顔をしていた。

 ふと周りを見渡すとボクの方を指さしながら何やら話し合う姉様と茨木童子と熊童子がいる。

 さらに辺りを見回すと金熊童子と星熊童子、それにみなもと黒奈がいないことがわかる。

「あれ? 美和たちは?」

 ボクの問いに答えたのは酒吞童子だった。

「あぁ、お前らが遊んでる間に退屈してたのか黒奈のやつが少し離れた場所で日向ぼっこし始めてな。それを見にほかのやつらが行った」

 すでにお昼ご飯は終わっているのであとは自由時間なわけだが、黒奈はさっそく昼寝をしに行ったのか。

 普段ボクの膝を枕にして寝ているけど、今はスクナが占領しているので寝る場所を変えたらしい。

「ふ~ん、そうなんだ。スクナ、黒奈を呼んできてくれる?」

「いいよ~。黒奈ちゃんに寝場所返さないとね~」

 ボクの頼みを軽く引き受けると、スクナはボクの上から離れて立ち上がり、黒奈の居場所らしき方向へと向かっていった。

 それからしばらくして――。


「暮葉暮葉、膝枕を所望する。具体的に言うと太もも辺り」

「おかえり黒奈。好きに使っていいよ」

「せんきゅー! やっぱり暮葉の太ももは寝心地がいいな。胸は小さいけど太ももは良い感じに、あてっ」

 ボクの太ももに顔を擦りつけてから頭の置き位置を探す黒奈。

 余計な一言を言うので、軽く頭をはたいておいた。

「余計なことを言うともう貸さないからね」

「そ、それはこまる」

 寝ころんだ黒奈はボクの言葉に慌て出し、うるんだ瞳でじっと見つめてくる。

 その光景は実に可愛らしいものだった。

「ま、今回は許してあげるけど」

 決して可愛いからではない。

 そう、可愛さにやられたわけではないのだ。

 もう一度言おうか? いらない?

「ふにゃ~」

 ボクはそのまま寝ころぶ黒奈の頭を撫でていく。

 柔らかい髪の毛が実に気持ちいい。

「はぁ、今日のいい天気だね。ボクもお昼寝したくなってきたよ」

 そう言うと、ボクは太ももに黒奈の頭を載せたまま寝ころぶのだった。

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