第5話 妖精郷のダメな人たち

 はいてない系vtuberといわれてまとめサイトなどにも取り上げられてしまった隅っこひっそり配信組のボクは、ある意味で受難を迎えていた。

 なんとチャンネル登録者が一万人を突破してしまったのだ。

 大手有名vtuberの人たちなどは、その背景にある宣伝力や営業力、そして本人たちのたゆまぬ努力によって不動の地位を築いて今に至るわけだけど、そんなものもなくただ気ままに配信するだけのこのチャンネルが、まさか一万越えするとは夢にも思わなかった。

 ちなみにアーカイブされた過去配信のコメントを見ると、直近の書き込みが多く、〇〇を見て! といったものが多かった。

 恐るべしメディアサイト!

 とりあえず現状アンチなどは来ていないので安心だけど、こう悪目立ちするといつかは配信妨害組に目を付けられるかもしれない。

 人間ってこういうところが怖いよねぇ。


「でだ、今日ははいているんだろ? おら、見せてみろよ」

「黙れバカ鬼! 酒吞童子はそもそも普段はいてないし学校でもスパッツだけじゃないか」

「俺は良いんだって、そもそも人化してるとはいえ、人間が欲情したからといって俺を力ずくでどうこうできるわけでもないしな」

「本当に、そ~いうところはずるいよね」

「種族ステータスってやつだ、でもそういう意味じゃお前ら妖狐のほうが色んな意味で危ないと思うけどな」


 現在、ボクと酒吞童子は妖精郷ようせいきょうの夕霧家本邸に来ている。

 一応大江山の鬼たちの屋敷もあるにはあるが、酒吞童子以下四人+スクナはあまり帰りたがらない。

 スクナはそもそも家族がいないし、酒吞童子たち上位の鬼の場合は束縛を嫌う傾向にあるからだ。

 あと、この上位の鬼たちはちょっと特殊な生態をしているということもある。


「そういえば鬼ってさ、どうやって生まれてるの?」

「あぁ? スクナや夜叉、般若の例があるだろ? そもそもだ、俺たち上位の鬼の場合は数千年生きたら幼体に戻ってまた齢を重ねていくスタイルだからな。ほいほい新しい上位の鬼が生まれたりはしねえよ。神族だってそうだろ? あいつら、俺たちと変わらねえぜ?」

「なにそのクラゲみたいな生態。鬼ってもしかしてクラゲの親戚か何か? まぁ似てなくもないか」

「似てねえよ!」

 ボクたちの話を聞いて、周りにいる世話係の妖狐たちが忍び笑いを漏らす。

 そんな状態でも酒吞童子は気分が悪くはなったりしない。

 認めていれば基本的には穏やかなのだ。


「つ~か、お前んとこの家って使用人多いよな。人間界側の家にはいないのによ」

 酒吞童子は人間界と妖精郷での落差に疑問を呈してくる。

 そりゃそうだ、いくら家が大きめとはいっても人間界の土地は狭いのだ。

 逆にここ妖精郷は土地がいくらでもある。


「たしかにうちも人は多いけど、一番多いのは天狗たちじゃない? 眷属多いし所有している山が多いよね?」

 妖精郷にあるそれぞれの種族の領地は、人間界での古き伝承に基づいて名づけられている。

 そのため、高尾や鞍馬などの地名も存在するのだ。


「あぁ、それよ。ちょっと聞きたかったんだが、お前の部屋さ、なんで狗賓ぐひんいんの?」

「保護してるから」

「そうかよ」

 狗賓とは犬の特徴をもった天狗の一種だ。

 昔は犬や狼もしくは毛むくじゃらの獣人天狗という感じだったらしいけど、時代が進むにつれて人間との交配が進み、今ではただの犬やの獣人みたいになってしまっているらしい。

 いわゆるケモミミというやつだ。


「紹介しておこう、狗賓の雫ちゃんです。見ての通り白い狼系の子で耳と尻尾が標準装備されてるよ。一応言っとくけど、尻尾のおさわりはセクハラだからね」

「ちっ、わかってるよ。おう、よろしくな」

 やや不満そうに口をとがらせてそう言う酒吞童子。

 酒吞童子は身長が低いため、その姿はまるで拗ねるロリっ子のようだと感じた。


「よろしくお願いします、酒吞童子様」

「敬称は任せるけど、かたっ苦しいのはなしだぜ?」

 大江山にも配下に烏天狗が存在しているが、狗賓はいないらしい。

 酒吞童子としてはすごく珍しいものをみたようだ。


「狗賓って数少ないだろ? うちにもほしいけどいないんだよなぁ」

「気ままにもふりそうな鬼のところに行きたい狗賓なんているの? ボクの尻尾だってもふるくせに! セクハラで訴えてやろうか!」

「暮葉がいっちょ前に妬いてる! かわいいなおい」

 いずれこのバカ鬼には百回くらいポリプからやり直してもらうことにしよう。

 どうせクラゲなんだからいいよね?


 ボクたちがそんな話をしていると、廊下の方からどたばたとうるさい足音が聞こえてきた。

『廊下は走ってはいけません』と何度言っても聞かない人が原因なので、すぐに誰が来るのかはわかってしまった。


「おい、アマがきてんぞ」

「相変わらずうるさいよね。一応最高神だってこと忘れてるんじゃない?」

「アマがああだからツクが苦労してんだろ? 察してやれよ。アマは幼い感じが抜けないからな」

 と、ボクたちがそんな話をしていると部屋の扉が勢いよく開かれた。


「く~ちゃ~ん、愛してる~!!」

「酒吞ガ~ド」

「ぷぎゅ」

 勢いよく飛び込んできたあーちゃんを素早く酒吞童子でガードする。

 手近にちょうどいい大きさの鬼がいて助かる。

 Vtuberはじめたらお礼のスパチャを投げてあげよう。


「く~れ~は~? 危うく俺とアマがキスするところだったじゃねえか! どうしてくれんだ!」

「キマシタワー?」

「ちげえよ! 何もこねえよ!」

「うげ、酒吞童子じゃない。飛びついて損したわ」

「おい最高神。お前一応女神だろ? 貞淑ないつもの姿はどこ行ったんだ」

「あんな余所行きの姿をくーちゃんの前でするわけないでしょ? 馬鹿なの?」

「あ~の~な~」

 まるでコントのようなやり取りだが彼女たちはいつもあんな感じだ。

 仲は悪くはないけどすごく良いわけでもない。


「雫ちゃんもここにいたのね! ちょっと尻尾もふらせて」

「えっと、それはちょっと……」

「あ~ちゃん、尻尾おさわりは禁止だって言ったよね? 守れないならボクのも触らせないからね」

 この女神は大のもふもふ好きで、妖狐や人狼、猫又など様々なケモノ要素のある女の子をもふっては品評をしている。

 迷惑極まりないのだが、最高神である手前皆強くは言えないようだ。

 まぁボクが生まれてからはボク専門を公言しているようで、高天原たかまがはらにはすでにボク用の屋敷が用意されているらしい。

 犬小屋じゃないからね? 一応言っておくけど。

 それに伴い、高天原の神々を巻き込んで、ボクを神の末席に加えるという予定も立てているらしい。

 ちなみにここまでボクの都合は一切無視されている。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「恥も外聞もなく土下座をする女神様引くわ~」

 ボクはその姿にドン引き中だ。


「ところでくーちゃん」

 しばらく土下座をしていたあーちゃんだが、急に顔を上げるとボクにこう問いかけてきた。


「今日ははいてるの?」

「ぷっ。ぎゃははははははは、腹いてええええ」

「このクソ鬼! 踏んでやる! 踏んでやる!」

「やめろおおおおお」

 どうやらこの女神は人間界の情報に詳しいようだ。

 しかし、最初の質問がそれとは……。

 ボクはゲシゲシと酒吞童子を踏みつけていく。

 体重が軽いせいであまり効果はなさそうだけど、ボクの怒りを発散するためにももう少し続けてやる。


「あ~いいな~、あたしも踏んでほしいな~」

「あ~ちゃん、踏まないからね? あとはいてます」

 さすがにあーちゃんを踏みつけるわけにもいかないので、冷静に返事を返しておく。

 この女神はどんどん変態を極めていっている気がするんですけど、気のせいですかね?


「そういえば、あーちゃんはそういう事情に詳しいけどさ、興味あるの?」

 ボクはちょっと疑問に思ったので質問してみた。


「もっちろん! くーちゃんの配信は全部見てるし何ならリピートしてるよ? スパチャ解禁早くして!」

 ここに重度の患者がいました。

 ツクヨミさん、回収に来て。


「スパチャはちょっとまってね。あとそんなにリピートしなくていいです」

「えぇ!? くーちゃんファンクラブも作ったし、切り抜き動画もたっくさん作ったし、何なら記事だって書いてるんだよ? この愛、届いて!」

「愛が重すぎて遠慮したい……」

 やたらチャンネル登録者が増えたと思ったら裏にこんな暗躍者がいたなんて。

 ボクはこの女神を残念な存在に感じるようになってきていた。


「あ、あの。その」

 突如狗賓の雫ちゃんが会話に入ってきた。

 そして――。


「私も暮葉様の大ファンなんです。ファンクラブにも入りましたし、なんなら非公式ファングッズも作ってます。あとでサインしてください」

「あ、はい」

 身内にもダメな人がいたようだ。

 雫ちゃんはまともだと思ったんだけどなぁ……。


 こうしてダメなやつが集まったカオスな空間が出来上がった。

 あーちゃんと雫ちゃんはもう手遅れっぽいので、とりあえず俯せになってピクピクしている酒吞童子をもう一回踏んでおくことにした。

 はぁ、なんでこうなったんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る