第32話 困惑
ルヴィが村に着くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
襲撃者たちは自らの血溜まりの中に倒れ、ピクリとも動かない。
立っているのは大剣を赤く染めたカルヴィンと……何故か黒い雲のようなもので目を覆われているアニスだけだ。
「カルヴィン、悪い、遅くなった! 他のみんなは無事か?!」
「おう村長、女衆は俺ん家の中だ。傷一つねえから安心しろ。あとは男2人だが……」
「師匠はどこかで光の魔術を使ってるっす。無事っすよ」
「らしいぞ。すまんがロイは分からん」
「そう、か。……ところでアニス、それは大丈夫なのか?」
「師匠の目隠しっす。何も見えなくて動けないっすけど。そのほかは大丈夫っすよ」
色々と疑問があるが、緊急時のため今は無視した。
情報の共有を優先する。
「2人とも、残りの敵がどこにいるか分かるか?」
「いや、分からん」
「あたしも場所は分からないっす」
2人は同じように首を振った。
「というか、コイツらの他にまだいるのか? 俺たちを殺すと言って剣を向けてきたから返り討ちにしたが、そもそもコイツらはどこのどいつだ?」
ルヴィは馬車から聞こえた声を思い出す。
「俺にも正体は分からない。だが、貴族らしい奴とは会った」
「ああ? コイツらは領主の手下か? 俺たちに斬られる理由はねえだろ」
「もちろんだ。それに、襲ってきた相手はこの土地を治める領主じゃない……どこか別の、知らない貴族だ」
カルヴィンは頭をガリガリと掻いた。
「どういうこった? なんで関係もねえ貴族が俺たちを殺そうとする?」
「それは俺が知りたい。墓守だとか、口封じだとか言っていたが……向こうに交渉の意思がないことは確かだな」
急に襲われた以上、向こうが交渉したいと言っても信じられる道理はない。
村を守るためには、相手を撃退するしかなかった。後で面倒事になるのは確実だが、今生き伸びなければどうせ未来はない。
ルヴィが改めて覚悟を決めたとき、ふわりと風が吹いた。
『あー、あー、こちらハウエルだ。聞こえるか?』
「師匠!」
ハウエルの声は聞こえるが、姿は見えないままだ。風に音を乗せる魔術だと、ルヴィはすぐに気がつく。
「ハウエル、そっちは無事か? どこにいる?」
『幸いなことに怪我などはない。今いる場所は畑の中だ。ルヴィ殿、村に侵入した敵は私が光の魔術で惑わしている。……のだが、恐慌から出鱈目に魔術を使い始めた。村に被害が出る前に討ちたいので力を貸して欲しい』
「もちろんだ。……ハウエル、ロイとは一緒か?」
『いいや、ロイは敵を追って森の奥へと向かってしまった。場所は私にも見えない。しかし、まだ無事ではあるはずだ。今も戦闘の証が上がっている』
ルヴィは耳を澄ませ、森から聞こえる音に集中した。――遠くから、木々が折れる音が聞こえる。
目を凝らせば、森の上空に薄く砂塵が浮かび上がっている様子が見えた。
「……分かった。ハウエル、村の中にいる敵の位置は全て分かるのか?」
『うむ。この村の範囲であれば、全て見えている』
ルヴィは思考を回す。やるべきことは敵の掃討と、ロイへの援護の2つ。戦えるのは自身とカルヴィンの2人……。
「カルヴィン、村の中の敵を頼んだ。俺はロイの援護に向かう。森の中なら遠距離からの不意打ちが効果的なはずだ。アニス、俺たちが戦っている間に、他の3人と一緒に食糧を保存している洞窟に避難してくれ。あそこなら簡単には見つからないはずだ」
そう言って動き出そうとしたルヴィは「あっ!!」というアニスの声に足を止めた。
「言ってなかったすけど! フィリダ姐さんの子供が産まれそうっす! 今は動けないっすよ!」
重なる予想外の出来事に、ルヴィは思わず頭を押さえた。
そして、急に出産の話を聞いた父親は、
「お、お、お、ホントか? 産まれんのか?」
カクカクと、体の動かし方を忘れたように、カルヴィンはおかしな動きをしている。
今すぐ家に戻ろうとしたように足を踏み出し、それから自分の汚れた恰好を見下ろして止まり、最終的に落ち着きなく首を動かすようになった。
状況が状況でなければ、ルヴィも心から祝福を送りたいところだが。
「……仕方ない。カルヴィン、フィリダたちがいる家を守ってくれ。敵の後続がないとは限らない。ハウエル、村の中にいる敵は俺がやる。終わったら一緒にロイの援護だ」
「お、おおう、すまねえな、村長」
『了解した』
「アタシも何か手伝うっすよ!」
ルヴィは勢いよく両手を挙げたアニスを見る。
目元は見えないが、頬は紅潮している。戦いの空気に酔っているように見えた。
ルヴィも初めての狩りで、自分でも制御できないほど高揚した記憶がある。……危険への恐怖が薄れた、あまり良くない状態だ。
「アニス、家の中でフィリダを守ってくれ。エミリーとシエラの手伝いを頼む。……子供の無事がかかった重大な仕事だ。任せたぞ」
「はいっす!!」
『……カルヴィン、うちの馬鹿弟子を家に放り込んでくれ』
「あいよ」
「わっ!」
アニスはカルヴィンに片手で軽々と抱き上げられ、驚いた声を上げた。
ルヴィはカルヴィンと頷き合う。
「カルヴィン、ここは任せた」
「おう、もちろん――」
カルヴィンの言葉を遮るように、悲鳴のような風音が耳を刺した。
振り向いた先、森の上空では巨大な土色の塊が渦を巻いている。
「なんだありゃあ……」
カルヴィンの疑問に答えられる者はこの場にはいなかった。
思考に空白が生まれる。見通せない状況に、それでもルヴィが動き出そうとしたとき、土色の渦を飲み込むように、青い火柱が地上から立ち昇った。
ルヴィたちが呆然と見つめる先で、火柱は一瞬内側から押されるように膨張し――さらに下から走った光に諸共両断された。
光が空の彼方へと消えた後には、森の上空はいつもの静けさを取り戻していた。
「…………なにがなんだかさっぱりだが……終わった、のか?」
「さあ、な――!?」
ルヴィはバッと背後を振り返った。村に続く道から音が聞こえる。
「カルヴィン、
ルヴィは弓を構え、矢を番えた。音は徐々に近づいてくる。数は複数。
そして姿が見えた。騎馬の集団だ。逞しい軍馬に乗った鎧姿の集団が隊列を組んで進んでくる。
握った矢の頼りなさに汗が滲む。あの鎧を抜くことが可能だろうか。
カルヴィンもアニスを下ろし、自らの大剣を肩に担いだ。2人の緊張が高まる。
――だがそこに、とても言い辛そうなハウエルの声が届いた。
『あ~……うむ、ルヴィ殿、あれは敵ではないから心配は不要だ。彼らは陛下にお仕えする正規の騎士で、あ~……私の知り合いでもある』
入り乱れる状況に、ルヴィの表情が険しくなる。今日一日分の困惑だけで、しばらくの間、眉間の皺が取れそうになかった。
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