第740話 侍

 それまでの凛とした面持ちから、ぱっと花が咲いたような笑顔になる先生。


「きゃー! ロートスさん助けてー! このままじゃ敵に囲まれてやられちゃいますーっ!」


 高い声で助けを求めている。どうしてこのタイミングでお茶目モードに。

 侍たちがざわつく。全員が振り返り俺を見つけると、一斉に血相を変えた。


「ロートス・アルバレスだ!」


 ある者は恐怖し、ある者は激怒し、ある者は絶望していた。


「見つけたぞ! 斬れっ! 斬れぇいっ!」


「うおおおおおおおぉお! 死ねぇッ!」


 侍達が威勢に躍りかかってきた。その意気たるや、まるで激安セールになだれ込む主婦達のようだ。

 ほとんど音を置き去りにして迫った侍達を、俺は指先一つでダウンさせる。数十人の侍は刹那にして気を失った。


「他愛なし」


 格好をつけて呟くと、アデライト先生が抱き着いてきた。


「こわかったー。もうダメかと思いました。ロートスさん、助けてくれてありがとうございます」


「いやいや、今の今まで圧倒してたやんあなた」


「見間違いじゃないですか?」


「見間違いだったかもしれない」


「ふふ」


 アデライト先生の可愛らしい顔を見ていると、どっちでもよくなってきた。


「冗談ですよ。前に言ったじゃないですか。私は根源粒子に触れたと。そのおかげで、魔法の解析が進んで実力がアップしたんです」


「実力がアップって……上がり幅が尋常じゃなかったんですが」


「世界の根源を理解するということは、それだけ世の本質に近づいたってことです。今の私は、魔法だけなら女神にだって負けませんよ」


「すご」


「あなたにつり合う女でありたいですから」


 もう十分すぎるほどいい女だぜ。

 さて、このままずっと抱き合っていたいが、状況がそれを許さない。


「エライア騎士団は全滅か」


「皆さん息はあります。医療魔法をかけておきましたから。このままでも命に別状はないはずです」


「さすが先生」


 よかった。コーネリアが団長を努めるエライア騎士団は、セレンの親衛隊だからな。なくなってもらっちゃ困る。


「この襲撃を止めないと」


「ええ。行きましょうロートスさん」


 俺達は玉座の間を後にし、敵を無力化しながら内郭まで戻ってきた。

 ここではネルランダー率いるサラマンダー部隊が戦っていたはずだが、どうなっただろうか。


「ロートスさん。あれを」


 先生が城郭の上から広場を指さす。

 赤い戦衣装を来た色黒の男達が、見るも無残な骸を晒していた。


「そんな……サラマンダー部隊が全滅だと?」


 たった一人、最後に残ったネルランダーが孤軍奮闘しているが、全身傷だらけだ。

 ネルランダーを追い詰めるのは、なんと十代前半くらいの少女だった。


「あいつは」


 あのおかっぱ頭には見覚えがある。

 クィンスィンの首領。イーグレット・キャッスルの城主。そしてツカテン市国のトップ。

 ジョッシュだ。


「おりゃおりゃ。音に聞く『炎術士』ネルランダー・バラモンも、所詮はこの程度じゃったか!」


 両手に太刀を握りぶん回すジョッシュは、ネルランダーが放つ炎のすべてを切り裂いている。ネルランダーの炎も並大抵じゃないが、ジョッシュの剣術はその遥か上をいっていた。


 あいつ、あんなに強かったのかよ。

 このままじゃ、ものの数分でネルランダーは確実に死ぬ。

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