第708話 絶命の賛歌

「あ……っ!」


 目を見開くエレノア。

 瘴気のレーザーは、正確にエレノアの心臓を貫通している。

 バランスを崩したエレノアは、急激に軌道を乱し、不規則な螺旋を描き出す。俺を捕まえる為に速度を出していたのが災いし、そのまま俺を追い抜いて地面へと落下していった。


「エレ、ノア……!」


 俺も上手く声を出せない。

 必死に手を伸ばそうとするが、それも叶わなかった。

 このまま落ちれば、いくら俺とエレノアでもただではすまない。確実に致命傷になる。

 地上では今ごろ軍とモンスターとの乱戦になっているはず。そんな場所じゃ、助けを期待するのも難しい。


 ちくしょう。

 正直、魔王を舐めていた。分身じゃない魔王の力は、そのままマーテリアに匹敵する。

 女神の化身と言っても過言じゃなかったんだ。

 こんなところで終わるわけにはいかないってのに。


 どれだけ悔しがっても、体は言うことを聞かない。

 そんな俺の視界に映ったのは、瘴気を纏うドラゴンが、こちらに向かってきている光景だった。


「ま、じか……」


 普段ならなんてことのない敵だけど、満身創痍の今じゃマジでやばい。

 地面に落ちる前に、ドラゴンの餌食になってしまう。

 万事休すとは、まさにこのことだ。

 そのドラゴンは、脇目も降らずエレノアへと飛翔している。より弱っている方を狙うつもりか。


「く、そ……」


 擦れる視界の中で、俺は悪態を吐く。

 ドラゴンがエレノアに接近。

 その速度を一層増し、二つの軌道が交差する。


「え……?」


 俺は自分の目を疑った。

 あろうことか、ドラゴンはその背中をもってエレノアを受け止めていたのだ。

 そしてそのまますいーっと滑空する。


 まさか、連れ去るつもりか? モンスターが、エレノアを?

 どういうことだ。魔王の策謀か?

 俺は落下の感覚を味わいながら、焦燥感を抱く。

 いや、なんにせよエレノアがまだ生きていることを喜ぶべきだ。生きていれば、助けることもできる。


 けど、このままじゃ俺は地面に墜落して死ぬだろう。瀕死の状態じゃ流石に耐えられない。

 そろそろ意識も遠くなってきた。


 その時だった。


 遠間からエンペラードラゴンがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 あれは、もしかしてアイリスか。

 そうか。アイリスだってグランオーリスの軍に参加している。

 俺を助けに来てくれたのか。


 だが。

 あの距離じゃ確実に間に合わない。

 俺が墜落するまでに受け止めることは不可能だ。

 すでに地面はすぐそこにまで迫っている。


 そして。

 案の定、俺は助けられることもなく地面に激突して死亡した。

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