第689話 来客おった
マッサ・ニャラブからの援軍として連合軍への参加が決まったその時から、俺は知り得た情報をすべてセレンに流していた。
ピンギャン平原に総力を集結させるのもそうだし、エレノアの参戦や、連合軍がグランオーリスをどう見ているかなど、出来る限り詳しく伝えた感じである。とはいえ、何をどう伝えるかは守護隊におまかせしている。そっちの方が確実だろ。
「ノイエ殿」
野営地のテントに戻った俺を待っていたのは、グレートセントラルの宰相であり大将であるチョウ・テンフだった。
「お待ちしていた」
中華風の鎧を着込んだ黒髪の偉丈夫は、猛々しくも聡明さを感じさせる所作で拳を包む一礼をした。
俺はジェルド式の礼で応える。
「お話したいことがあるんですが、少々お時間よろしいですかな」
「おっけー」
俺はテントの中へ入るよう、テンフに促した。
「しからば」
俺とテンフは机を挟んで向かい合い、椅子に腰を下ろす。
「悪いな。出せるお茶もない」
「構いません」
「んで、なんの用?」
脚を組んで頬杖をついた俺を、テンフは目を丸くして見ていた。
「どした?」
「いや、失敬。会談の時と雰囲気が違うもので、すこし戸惑っています」
「ああ。あれは余所行きの態度だから。余所行きっていうか聖女向けっていうか。いつもはこんな感じさ」
ロートスを知る人間に俺だとバレないように、いつもと違う振る舞いをしないといけないからな。テンフに関しては、そもそもロートスという人物を知らないから、取り繕う必要はないだろう。
「結構。ジェルドのおなごは皆そのように剛毅なのですか?」
「そんなこともない。人それぞれさ」
オルタンシアとソロモンとじゃ、まったく性格が違うし。
「そんな話をしに来たんじゃないだろ」
「失敬。しからば、本題に移りましょう」
テンフは咳払いを吐くと、にわかに神妙な顔つきになった。
「神の山より瘴気が噴き出してから、天下は災いに包まれました。狂暴化したモンスターが氾濫し、世は乱れ戦が続き、巷では民草が苦しみを味わっております。国々は衰退の一途を辿り、その解決策も……糸口さえ見えません。此度かつてない決戦に臨むと意気込んだはいいものの、果たしてその先に光明が見えるのかどうか。それすらもわからないのです」
「……どうして俺にそんな話を?」
「このテンフ君。人物の目からその志が感じ取ることができます。いえスキルではありません。三十余年の人生、数多の人物を見てきた故、いつしかそのような能力を身に付けたのです」
テンフはじっと俺の目を見る。
「ノイエ殿。そなたの目には気概がある。この乱世を救わんとする崇高なる志がみなぎっている。そのような人物には、そうそう出会えません。故にお聞きしたいのです。この天下を安んずる手だてがあるのかどうか」
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