第688話 スパイ的な

 数日後。空の赤らむ夕刻。

 俺は今、三国連合軍と共にピンギャン平原の北部にいる。もちろん、ジェルド美少女の姿に扮してだ。

 物見台の上から眺めてみると、南には地平線に重なるようにしてグランオーリスの軍が布陣している。ここから約十キロメートルほどの距離だ。


「ノイエ」


 俺の隣に、ふわりと白い影が降ってきた。エレノアである。


「敵に動きはないようですね」


 俺は首肯で答える。


「こちらはまだ体勢が整っていません。ハンコーのサラマンダー師団も到着していませんし、グレートセントラル軍の補給も間に合っていません」


 つまり、いま攻められるとまずいということか。


「しかし万端でないのは敵も同じ。こちらの集結に気付き、慌てていることでしょう。おそらく奇襲はありません」


 エレノアは地平線から俺に視線を移した。その表情は相変わらず無機質ではあるが、俺を見る瞳はこころなしか柔和である。


「ですから、あなたが物見をすることはないんですよ。他の兵士達がやってくれます」


 エレノアの言う通り、物見台にはグレートセントラルの兵士が何人か常駐している。彼らはエレノアの存在におっかなびっくりしているようだった。

 俺は下手に喋らず、頷きで肯定の意を示す。


「ところで……ロートス・アルバレスの姿は確認できましたか?」


 聞かれると思っていたけど、いざ名前が出るとやっぱり緊張するぜ。

 首を振って否定する。ほとんど反応はなかったが、エレノアはどこか残念そうに見えた。


「彼が現れたら真っ先に私に報せてください。あなたもお強いでしょうが、彼に対抗できるのは私だけです。決して手出しはしないように」


 どうやら心配してくれているようだ。

 ま、俺なんですけどね。


「私は本陣に戻ります。攻撃のタイミングについて、リュウケン殿と最後の詰めをしてきますので」


 首肯。


「ノイエ。あなたも早めに休んでください。このままいけば、明日の日の出と共に決戦が始まると思います」


 そう言い残して、エレノアはふわりと飛び去っていった。

 周囲の兵士達がほっとした様子を見せる。

 ちなみにノイエというのは俺の偽名である。ジェルドっぽい名前をソロモンがつけてくれたのだ。


 ふう。

 俺は物見台から飛び降り、自分のテントへと向かう。

 道中、グレートセントラルの陣営を通ることになるのだが、俺の変装姿が露出の多い巨乳美少女であるせいか男達の視線を集めてしまう。不快であることは違いないのだけど、理解はできる。俺も向こう側だったら見るもん絶対。

 そんな最中。


「レオンティーナ」


「は」


 軍隊に紛れていた守護隊のレオンティーナを呼び寄せる。


「明日の夜明けに攻撃開始らしい。こっちの状況をセレンに伝えてくれ」


「御意」


 すぐさまレオンティーナは姿を消す。

 実際、連合軍の情報はすべて筒抜けだった。

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