第661話 フラグと打ちきり

『それと……』


 ほんの少し躊躇うような間を空けて、


『お忙しいことは十分承知の上なのですが、せっかく念話灯を持っているのですから、もっと頻繁に連絡を頂けたら嬉しいです。あなたの声を聞いていないと、寂しくなっちゃいまいますから』


 先生のはにかんだ声に、不覚にもときめいてしまった。

 と同時に、心遣いができていないことを反省する。


 忙しいことを理由にして自分のことだけに集中するのは簡単だ。でもそれじゃダメだろ。

 たとえ自分がどんな状況におかれていても、人を思いやれる人間にならなければ。大切な人なら、なおさらのことだ。


「すみません先生。俺も結構余裕がなくて。これからはこまめに連絡します。愛しの婚約者ですもんね」


 はにかんだ笑みが耳をくすぐる。


『次はあなたから連絡してくださいね。待ってますから』


「……もちろんです」


 俺は自省する。


『では、私は塔に向かいますね。ロートスさんも頑張って――』


「先生」


 通話を切ろうとする先生を、俺は声で制止した。


「この戦いが終わったら……盛大な結婚式を挙げましょう。世界中の人達から祝ってもらえるような、そんな結婚式を」


 言ってから恥ずかしくなる俺は、未熟者ということだろうか。これは所謂、プロポーズというやつなのでは。


『ロートスさん』


 俺を呼ぶ声は、湧き上がる歓喜を堪えているように聞こえた。


『楽しみにしてますねっ』


 弾んだ声。


『そうと決まれば。先生、張りきっちゃいますから!』


「俺も、全力を尽くします」


 それから、しばしの無言を挟んだ。


「先生、気を付けて」


『はい。ロートスさんも、お気をつけて』


 そして俺達は名残惜しく思いながら、念話を終えた。


 はぁ。


 勢いでとんでもないことを言ってしまったずぇ。しかし、望んだ未来に向かって一歩進んだ感じもある。

 俄然やる気が出てきた。みなぎってくるとは、まさにこのことだろう。

 俺が内心で奮起していると、向こう側からやってくるメイの姿を見つけた。


「お待たせ」


 やけにスッキリした顔つきである。肌もつやつやしているところを見るに、思う存分ことを致したのだろう。


「多くを語る必要はなさそうだな」


「なんだい? あたしの床事情を根掘り葉掘り聞きたいとか?」


「なさそうだなって言っただろ」


 メイも猫かぶりがなくなってきたな。性に関してオープンな気質は、俺にとってはたいへん好印象である。


「こんな体じゃ不便だし、自分を好きにもなれないけどね。気持ちいいもんは気持ちいいのさ」


「わかる」


 極大の同意を示し、俺はフォルティスに騎乗する。


「ほら」


 そして手を差し出し、メイを後ろに乗せてやった。


「時間がもったいない。今日一日中とばしていくぜ」


「んん? やけに張り切ってるじゃないか」


「俺にも色々あるってことだよ。ハッ!」


 フォルティスを走らせ、街を出る。

 いざ、グランオーリス。

 俺達の戦いは、これからだ。

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