第660話 通信良好

 翌朝。日の出の刻。

 ヨワイの街の空は、あいにくの曇天だった。分厚い雲には瘴気の黒い筋がいくつか混ざり、小汚いマーブル模様を作っている。

 まさに世界のやばい状況を物語っているような空だ。


 俺はフォルティスを連れ、街の大通りでメイを待ちながら空を仰いでいる。女神を排して人の運命を解放するという決意が、一層強くなるような気がした。

 ふと、尻ポケットが振動する。


「おわ」


 思わず声を漏らしてしまうと、近くの歩行者に奇異の視線を向けられる。

 振動の正体は念話灯の着信だった。ポケットから取り出したクリスタルを耳に添える。


「もしもし」


『おはようございます。ロートスさん』


 アデライト先生の声だ。俺は心が急に軽くなるのを感じた。


「先生」


『そちらのご様子はいかがですか?』


「一悶着ありましたけど、順調ですよ。というか、先生なら『千里眼』でお見通しなんじゃないですか?」


『うふふ。私はドーパ民国には行ったことがありませんから『千里眼』で見通すことはできませんよ? あのスキルで見られるのは、一度でも訪れたことがある場所だけですから』


 そうなんだ。俺のスキルに対する浅学が露呈してしまったな。


「俺はこれからグランオーリスに向かう予定です」


『グランオーリスへ? またどうして? ロートスさんはヴリキャス帝国に向かっていたのでは?』


「エレノアが、グランオーリスに向かってるらしいんです。攻撃のために」


 念話灯の向こうから、束の間の沈黙が聞こえてくる。


『エレノアちゃんが……そうですか。わかりました。なら、私の方も急がないといけませんね』


「先生の方はどうですか? 王国の様子とか」


『私は先程ブランドンに到着したところです。王国内は防衛で手一杯といったところですね。国境沿いはどこも厳戒態勢みたいです』


 まじか。

 そんな状況なのに、なんでエルゲンバッハは王国を守らず、外国で破壊工作をしていたんだろう。あいつの行動はなんか腑に落ちないな。まぁ、もともと訳の分からない奴だったし、どうせもう死んだのだから気にする必要もないか。


『魔法学園跡は、ひどいものですね……』


 先生にとってはかつての職場。思い出の場所だろう。打ち捨てられ荒廃した学園に足を踏み入れるのは、さぞ辛いだろうな。

 俺もロロと一緒に行った時は、かなり虚しい気持ちになったものだ。


『講堂前広場にある、女神の塔の頂上でしたよね? ロートスさんの剣がある場所って』


「そうです。誰かが持ち去ってなければ、まだそこにあるはずです」


『わかりました。今から上ってみます。剣を手に入れたら、すぐ亜人連邦に戻りますね』

「くれぐれも気を付けてください。あの塔はファルトゥールのテリトリーです。今は姿を消しているみたいですけど、何があるかわかりません」


『ありがとうございます』


 くすりと嬉しそうな笑みを漏らす先生。

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