第658話 むさくるしさ

「おっ。なんだ、おめーらいたのかよ」


 現れたのはカマセイだった。

 私服姿の大柄な帝国騎士は、漆黒の片腕を見せつけるように、片方の袖だけをまくっていた。


「元気そうだな。カマセイ」


「元気なもんかよ。こちとら暴動の後始末で連日クタクタだぜ。あてにしてた神聖騎士もいなくなっちまうしよ。こう見えて、さっきまで走り回ってた」


 愚痴を言いながらも、カマセイは隠しきれない充実感を醸し出している。


「はは。ご苦労なこった」


「まったくだぜ。マスター! 酒を頼む! 樽を下ろしてくれ!」


 カマセイは同じテーブルにどかっと腰掛ける。

 男三人でテーブルを囲む形になった。


「樽って……お前、そんなに飲むのか?」


「ちげぇよ。後から部下共が来るんだ」


 なるほど。団長として、部下の分までおごってやるってことか。なかなか太っ腹だな。


「そーいやよぉ。さっきメイを見たぜ。あいつもこの街に帰ってきてたんだな」


 カマセイの何気ない言葉に、フランクリンが目を細めた。


「本当ですか?」


「ああ。なんか変な服を来てたけどよ。ありゃ確かにメイだったぜ」


 変な服とは、クィンスィン文化の和服のことだろう。


「彼女は今どこに?」


「さぁな。興味ねぇし」


 にべもないカマセイから視線を外し、フランクリンは俺を見る。


「ロートス殿。何かご存じでは?」


 どうしよう。セフレに会いに行ったとは言いにくいしな。


「なぁフランクリン。メイは男達にかけた魅了を解除したんだけど、あんたはどうだ?」


「……何も変化はありません。おそらくですが、小官は『魅了のまなざし』とは関係なく、メイ嬢に惹かれているのでしょう」


 だったら尚のこと言いにくいなぁ。


「ふーん。まぁ、俺もどこで何をやっているかまでは知らないんだ。一応、朝に大通りで合流することになっているけど」


「そうですか……」


 目だけでがっかりしたフランクリンは、グラスの酒を一気に飲み干した。


「なぁフランクリン。『魅了のまなざし』の副作用って、知ってるか?」


「副作用?」


「ああ。強力なスキルにはそういうのがあるだろ?」


 例えば、アデライト先生の『千里眼』なんかもそうだ。使えば使うほど、ひどい頭痛に襲われることになる。


「なんらかの制約があることは存じていますが、その内容までは。資料にも具体的な記述はありませんでした」


「そうか」


「それがなにか?」


「いや、ちょっと気になっただけだ」


 まぁ過去のスキル保有者も、死ぬほど性欲が強くなるっていう副作用なんか知られたくなかったってことだな。


「メイさんはスキルの副作用に悩んでいるらしくてな。それを解決するためにグランオーリスに行くつもりだ。それまでは俺がメイさんと一緒にいるから、まぁ安心しろよ」


 フランクリンは俯いたのか頷いたのか判別のつきにくい反応を見せた。


「待て。グランオーリスだとぉ?」


 その代わり、運ばれてきた酒に口をつけようとしていたカマセイが目を大きくしていた。

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