第659話 平和のカタチ
「あそこは今、えらいことになってるぜ。オメェまさか知らねぇのか?」
「知ってるさ。マッサ・ニャラブが因縁吹っ掛けてきて、戦争の真っ只中。周りの国もそれに同調してる。それに、帝国の聖ファナティック教会まで首を突っ込んできたって話だ」
カマセイは呆れた表情で俺を見ている。
「わかっててわざわざ行くのかよ。よっぽど面倒事が好きなんだな」
「まぁ、目的はメイさんの副作用を治すだけじゃないしな。色々あるんだよ、俺には」
俺がグラスの水を一口飲むと、軍帽をかぶりなおしたフランクリンが口を開いた。
「ロートス殿は亜人連邦の使者と仰っていましたね。不安定な国勢をなんとかしようと、動かれているというわけですか」
「そんな感じだな」
実際は亜人連邦だけじゃなく、世界そのものをなんとかしようとしているんだけどな。
「まぁ、俺様にはカンケーねぇことだな。せいぜい頑張ってくれや」
カマセイはがははと笑う。こいつはお気楽そうで羨ましい。
「ロートス殿にはこの街を救って頂いた恩があります。小官も参謀次官補佐という立場ゆえ動きにくいこともありますが、なにかお力になれることがあれば仰ってください。微力を尽くします」
「ああ、助かるよ。覚えておく」
なんというか。
奇妙なことに、俺達三人の間には友情のようなものが芽生えていた。
暴動を止めるために共に戦ったという連帯感みたいなものだろうか。
出会ってから日が浅く、それぞれ国籍も立場も違うというのに、人の縁っていうのは不思議なもんだ。
人てのは、様々な枠組みを超えてわかり合えるもんなんだなと、しみじみ思う。
「ところでロートス殿。先日捕らえたエルゲンバッハなのですが……」
「あいつがどうかしたのか?」
「実は、投獄してまもなく、死亡が確認されました」
「なんだって?」
さしもの俺も驚きを隠せなかった。
「殺しても死なないような奴だと思っていたんだが」
「ええ。小官も不思議に思いましたが、彼のことを調べたところ、納得のいく事実に辿り着きました」
「というと?」
「王国が誇る護国の英雄エルゲンバッハは、齢二百を超えていたのです」
「えぇ?」
二百歳を超えてただと? 多く見積もっても六十代くらいの見た目だったが。筋肉モリモリだったし。
「死因は老衰です。あなたとの戦いで、最後の力を出し尽くしたのでしょう」
「俺様のおかげだな!」
ここぞとばかりにカマセイが声を張った。
まぁ否定はしない。
「そうか……死んだか」
憐れだな。一国の覇道の為に、それ以外のすべてを否定して戦った男の末路がこれか。
信念に殉じたと言えば聞こえはいいが、結局は何も成し遂げられなかった。純粋な魂を持っていても、何を信じるかによってその行動は善にも悪にもなる。
どれだけ強く、名声があっても、王国の覇権という小さな正義に囚われたエルゲンバッハは、最期まで卑小な人間だった。
物事の正邪を判別する目は、しっかりと養わなければならない。奴は、立派な反面教師になり得るだろう。
「まぁいいじゃねぇかそんな話はよ。俺ぁ明日は非番なんだ。今夜は目一杯飲もうぜ!」
カマセイが豪快に言い、俺とフランクリンに酒を注いでくる。
「フランクリン。この国は、酒は何歳から飲めるんだ?」
「十五歳からですが」
「それじゃ、しゃあねぇ。すこしくらいは付き合ってやるか」
俺達は盃を打ち合わし、乾杯する。
やがて騎士団の連中が店にやってきて、その活気に誘われて客も増えていった。
店は盛況となり、マスターがせわしなく動いている。
ドーパ民国の市民と、帝国騎士団が仲良く酒を酌み交わしているのを見て、俺はなんとなく嬉しい気持ちになった。
暴動という危機を共に乗り越え、国境を超えた友情が生まれたのだろう。
街の酒場で、老若男女が笑顔で楽しく飲んでいる。
これこそ俺の望む平和の、一つのカタチなのかもしれない。
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