第646話 親コルト派の歴史

「メイ。ロートスさんにお酌をして差し上げなさい」


「はい」


 ティエスの言葉でメイが腰をあげようとしたところ、俺はそれを制した。


「結構。酒は二十歳になってからだ」


「ほ。どこぞの決まりじゃ、それは」


 つまらなさそうに頬杖をつくジョッシュ。彼女は銀色のおかっぱ頭をかき、じろりと俺を見た。


「まぁよい。せっかくここまで参ったのじゃ。そちの話を先に聞いてやらんこともないぞ?」


 えらく尊大な態度だな。別に構わないけど。


「この城の主ってことは、クィンスィンの民のトップってことでいいんだよな」


「そうじゃ」


「つまり、ツカテン市国の王ってことか」


「その認識で差し支えない」


 なるほど。まずはそれを確認すべきだと思った。

 ツカテン市国の王と、親コルト派の統領が席を同じくしているということは、かなり重要な事実だからな。


「今、各地で親コルト派が暴動を起こしてる。特にドーパ民国は、そこにいるメイさんのスキルのせいで大変なことになった。俺はそれを止めに来た」


 メイを睨みつけると、彼女はつんとそっぽを向いた。


「そんで後を追ってみれば、この国じゃ暴動のぼの字もない。今この状況から察するに、親コルト派と手を組んだようだけど、一体どういうことだ」


 クィンスィンの民が何かを企んでいるのか。


「その件については、私からお話いたしましょう。きっとご納得いただけるお答えができると存じます」


 手酌で酒を呷るジョッシュに代わり、脂ぎったおっさんのティエスが手を挙げた。


「そうか。いったい何を話してくれるんだ?」


「まず先にお聞きしたい。ロートスさんは、我々親コルト派に対してどのような印象を抱いておられますか?」


「……世界を王国の支配下に置くために暗躍する軍事組織じゃないのか?」


「違います」


 ティエスは断言する。


「いえ、厳密には、それは親コルト派の一側面に過ぎません。さらに言及するならば、エルゲンバッハ大尉を中心とする派閥の一つなのです」


「親コルト派も一枚岩じゃないって言いたいのか?」


 ティエスは神妙に頷く。


「もともと親コルト派は、私が王国の官僚だった頃に創設したサークルでした。その活動内容は、私生活を豊かにするために各々の趣味嗜好を共有したり、メンバーの目標達成のために助言をし合い励まし合ったりすることでした」


「その趣味嗜好とか目標って、どうせ怪しげなもんなんだろ」


「とんでもございません。例をあげるならば、そうですね……仕事で出世したい若者や、奥方との関係を改善したい男性、あるいは亜人の待遇改善などを提唱する思想家や、絵画や音楽をもって民衆の生活に彩りを与えたいと願う芸術家などもいらっしゃいました」


「俺の知る親コルト派の印象とは、大きくかけ離れているが」


「そうでしょう。おそらくロートスさんは、エルゲンバッハ大尉を通してのみ親コルト派を見ていたでしょうから。そしてそれはロートスさんに限らず、ほとんどの王国民が同じでしょう」


「コルト・クーデターのせいか」


「ええ」


 二年前、エルゲンバッハが王国軍に対して起こしたクーデター。王国内に動乱をもたらしたやばい出来事だ。失敗はしたようだが、王国に与えたダメージは大きかったと聞く。

 そのせいで、周囲からの侵略に耐えきれず遷都したくらいだしな。


「つまり悪いのはエルゲンバッハであって、親コルト派は悪くないと、そう言いたいのか?」


「いいえ」


 脂ぎったおでこが、きらりと光った。

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