第610話 英雄視されちゃった

 それから一時間後。


 俺は空気を蹴ることによって空を走り、王国の国境を超えた。

 地上に下りてからは、駆け足で目的地へと急ぐ。


 亜人連邦の首都アインアッカに辿り着いた時、大勢の亜人が俺を出迎えてくれたことに驚きを隠せなかった。


「おお! ロートス様が帰ってきたぞ!」


「なんて勇ましいお姿なんだ! イケメンにもほどがある!」


「まさに英雄の名にふさわしい風貌だ!」


 要塞の門をくぐった俺に投げかけられる賞賛の嵐。これは一体どういうことだろう。


「ご主人様ーっ!」


 人垣をかきわけ、サラのこじんまりとした姿がかけ出てきた。その勢いのまま、俺の胸に飛び込んでくる。


「サラ」


「ご主人様! おかえりなさい!」


「ああ、ただいま」


 太陽のような無邪気な笑顔で、俺の腰に抱き着いてくるサラ。伝わってくる極上の愛に応え、俺もしっかりと抱きしめ返した。


「えへへ」


 久々の再会に、サラの喜びは最高潮に達しているようだ。

 二年前に比べて肉付きがよくなったサラの柔らかさを堪能してから、ようやく離れる。


「ところで、この騒ぎはなんだ?」


「ご主人様のお帰りを、みんな歓迎しているのです」


「なんで?」


「ご主人様は、英雄ですから!」


 英雄とな。

 俺が英雄であることは当然の事実としても、それが多くの人に認知されているかと聞かれれば言を左右にするほかない。

 いや、実際こうも褒め称えられているということは、すくなくとも亜人達には認知されているということだけど。


「みんな、ロートス君を思い出したんだよ」


 現れたのはルーチェだった。

 健康的な肌の上に、真摯な笑みが浮かんでいる。


「思い出したって……仮にそうだとしても、こんな風になるか?」


 俺が忘れられる前からこうだったなら理解できるけど、別にそんなこともないし。


「亜人にとって、ご主人様は間違いなく英雄なのです」


「そうなのか?」


「二年前、亜人同盟の戦いの時、ロートスくんに助けられた亜人がたくさんいるんだって」


 たくさん、いたかなぁ?


「サラちゃんもその一人でしょ? 今やサラちゃんは、亜人の星。連邦の盟主であり希望の象徴。そんなサラちゃんを救ったロートスくんは、救世主に間違いないんだよ」


「ふーむ。そんなもんか」


 サラは俺の大切な従者であり、恋人だ。だから助けるのは当たり前。それが結果的に亜人を救うことになり、英雄となった。

 人生ってのはつくづく不思議なもんだ。風が吹けば桶屋が儲かる的な。バタフライエフェクト的な。

 まぁ、称えられること自体は不快じゃない。以前の俺なら、目立つから嫌だと言っていたかもしれないけどね。


「英雄ロートス! 万歳!」


「万歳! 万歳! 万歳!」


 俺がサラとルーチェを連れて指令室に入るまで、亜人達のシュプレヒコールが鳴り響いていた。

 なんか狂気すら感じるな。

 けど、聖女になったエレノアに対抗するには、これくらいの人望があったほうがいいのかもしれない。

 知らんけど。

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