第600話 第三部、完

 その後。


 ちょうど事を終えて、乱れた服を整えた頃。

 床に座って寄り添い合っていた俺達のもとに、アイリスが現れた。

 エントランスの扉が勢いよく開かれ、先生はびくっと肩を震わせる。


「マスター。それに先生」


「どうしたアイリス。そんなに急いで」


 いつもののほほんとした表情は鳴りを潜め、どことなく緊張感のある面持ちになっていた。こんなアイリスは珍しい。俺も数えるほどしか見たことがない様子だ。


「大変ですわ。いえ、わたくしの口からご説明するより、直接報告をお聞きください」


 早足で俺のそばに寄ってきたアイリスは、持っていた念話灯を差し出す。

 なんだろう。

 一体何が起きたというのか。


「もしもし? ロートスだ」


『あ! ロートスくん!』


『ご主人様!』


 聞こえてきたのは、ルーチェとサラの声。二人とも余裕のない声色だ。


「何があった?」


『それが……落ち着いて聞いてねロートスくん』


『深呼吸。深呼吸をするのですっ』


 ルーチェは比較的に冷静だが、サラの狼狽加減はなかなかのものである。


「大丈夫だ。俺は落ち着いてる。なんなら今まさに賢者の時間に突入しているところだ。なにも問題はない」


『賢者? まぁいいや……じゃあ、伝えるね』


 一体なんだというのか。


『ヴリキャス帝国が、王国に対して本格的な攻撃を再開したの。帝国の属国や、同盟国もそれに呼応して王国に侵攻を始めてる。ブランドンが落とされた時と同じようなことが、また起こってるの』


「……マジかよ」


『それだけじゃないのです。グランオーリスとマッサ・ニャラブ共和国が、戦争状態になったのです。グランオーリスの周辺国は、マッサ・ニャラブ共和国に味方してるみたいで、完全に包囲されてしまって……陥落は、時間の問題なのです』


「冗談きついぜ」


 どういうことだ。どうしてそんな急展開が起こった?

 いや、考えるまでもない。


「俺がスキルを取り戻したからだ」


 念話灯の向こう側から、息を呑む気配が伝わってくる。


『じゃあ……!』


「ああ。おそらく女神達も、俺の存在を感じたはずだ。奴らはこの世界の国家の中枢に潜り込んでるらしいからな」


『それで、こんな一斉に戦いを起こしたの?』


「もちろん前もって準備はしていたんだろう。俺がこの世界に戻ってきていることを知って、慌てて行動に移したって感じだろうな」


『女神達が、ご主人様を脅威に感じたってことですか?』


「俺はこの世界で唯一やつらを滅ぼせる男なんだよ。俺がいない間に調子に乗って好き勝手やって、いざ俺が帰ってきたら慌てふためいている。この世界の女神なんて所詮そんなもんってことだな」


 とはいえ、世界規模の戦争が起こったことは憂慮すべき事態だ。


「連邦は大丈夫なのか? 王国とマッサ・ニャラブに挟まれてるんだろ」


『今のところは大丈夫なのです。でも、いつ飛び火するかわかりません。むしろ、その時に備えておくべきだと思いますし、もうメイド長が手を打ってくれています』


「さすがだ。二人とも」


 さて、展開がおおきく動き始めたな。

 世界を巻き込んだ戦いだ。俺も改めて腹を括る必要がある。


「ロートスさん」


 アデライト先生が俺の手を握ってくれる。


「大丈夫です先生。俺が、この世界と、この世界に生きる人達の運命を変えてみせます。神なんて胡散臭い連中に、これ以上好き勝手させるかってんだ」


 ここからが本番だ。

 俺がこの世界に戻ってきたことを、しっかりと意味のあるものにしなければならない。


 やってみるさ。

 それが俺の、使命だからな。

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