第590話 ヘリコプター斬りよりはかっこいい

「アイリス。セレンとコーネリアを連れて離脱しろ」


 俺の指示に間髪入れず従うアイリス。セレンとコーネリアが口を挟む隙すらなかった。

 飛び立ったアイリスが起こした突風に、周囲の兵士達が吹っ飛んでいく。


「逃がさねーぞい! 悪の王女め!」


 キーウィはまたもや投石を放つ。バスケットボール大の岩石は、アイリスめがけてとんでもないスピードで飛んでいく。

 その投石に、横から飛来した黒い炎の矢が激突。俺が撃ったフレイムボルトである。アイリスを追っていた岩石の軌道が乱れる。

 それによって、アイリスはその巨体を旋回させて華麗に投石を回避し、空の彼方へと消えていった。


「ちくしょー。逃がしちまったんじゃ。絶好のチャンスだったってのによぉ」


 ガーン、というオノマトペが聞こえてきそうなほどにガーンとしているキーウィ。

 俺はただ一人、敵陣のど真ん中に取り残されてしまった。

 絶体絶命的なピンチだ。


 けど、セレン達を逃がすには俺が残るしかない。

 セレンはグランオーリスに必要な人間だ。王女だけってだからじゃなく、為政者として国民のことを考えてる。コーネリアにはしっかりセレンを支えて貰わなくちゃならないしな。


「さて」


 俺は被っていたフードを外す。

 それだけで、敵兵達がざわついた。


「な、なんだあの顔は」


「あれが、瘴気に侵された者の……おぞましい」


「きもいお」


 ひどい言われ様だ。

 瘴気に侵された俺の身体は、全身が黒ずみ、漆黒の斑点がびっしり浮き上がっている。今となっては、顔面からつま先までがすべて。

 今思えば、そんな姿の俺にまともに接してくれた人達は、まるで聖人君子だな。

 普通なら、ここにいる兵士達のような反応になるのによ。


「うわぁ……こう見るとオメーはほんと醜いんじゃー。オメーみてーな奴を受け入れているんだから、やっぱグランオーリスは瘴気に対して肯定的な黒幕なんじゃ。なぁ! そうだろオメーら!」


 キーウィは兵士達を煽る。


「そうだそうだ! まともな感覚なら、瘴気に侵された人間なんかと仲良くするはずがない!」


「いつ理性を失って人を襲うかもわからないなんて、モンスターと同じだからなぁッ! 人の姿からもかけ離れているしよぉッ!」


「きもい奴はきもい奴とつるむんだお! こいつみてーなきもい奴とつるむグランオーリスはきもい連中なんだお! そして、キーウィ王みてーな優れた人格のイケメンに従う我々は、同じく優れた人格者のイケメンだお!」


 やいのやいの。兵士達から十人十色の罵声が飛んでくる。


「笑えるぜ」


 俺は剣の柄を握り締めた。


「お前らの武器は剣じゃなく、その小汚い口かよ」


「な、なんだと!」


「悪党めが減らず口を!」


 うっせぇな。


「もういいだろ」


 俺の全身に、瘴気の奔流がみなぎる。

 漆黒のオーラ。それが渦を巻いて勢いを増していく。それにつれて、俺の肌を汚していた黒ズミや斑点が徐々に薄まっていく。


「ここは戦場だ。無駄口はもう終わりにしようぜ」


 黒いオーラは握り締める剣にも浸透していく。瘴気で染め上げた刀身。俺はそれを大地へと突き立てた。


「――ヘヴンズフォール・コラプション」


 衝撃。閃光。

 刀身を爆心地として、あまりにも凄まじい瘴気の奔流が迸った。

 それはまるで大津波のように大地をめくり上げながら、マッサ・ニャラブ全軍に怒涛のごとく襲いかかった。

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