第576話 もう必要ないようだ
「驚きだな。驚きだ」
「驚くのも無理はありません」
コーネリアはちょっとしたドヤ顔だ。
「ここ二年、この国における亜人の待遇は大きく変わりました。それもこれも、すべて殿下のご尽力あってのこと」
「セレンが?」
俺の視線を受けて、セレンは小さく頷く。
「すごいな。王国じゃ考えられない。理想的な街だよ。亜人連邦の奴らにも見せてやりたい」
「それほどでもない。それに、亜人達の待遇は改善できたけど、肝心なところは変わっていない」
「肝心なところ?」
「人間の、彼らに対する見る目は、まだまだ冷たい」
「……そういうことか」
たしかにそうだ。
この街は亜人しか住んでいない。だから彼らも安心して暮らせている。
これも一つの理想形なのかもしれないけど、セレンはたぶん、人間と亜人が手を取り合って暮らせる国を目指しているのだろう。
亜人を奴隷扱いしてきた歴史がある以上、難しい道だろうけど。それを進もうとしているセレンは偉い。
「行けばわかるってのは、こういうことだったんだな。亜人連邦、というかサラは、この街のことを知ってるのか? ウィッキーと連絡を取ってるなら、知ってるはずだよな?」
「話は伝わっていると思います。けれど訪れたことはないでしょう。なにせ、この有様ですから」
たしかにコーネリアの言う通りだ。
ダンジョン化した廃墟の中にある街に来るのは難しいか。ただでさえ盟主は多忙なんだし。
やがて俺達は二階建ての大きな屋敷に辿り着く。
「ついた」
「ここにウィッキーがいるのか?」
「そう。師匠の研究所」
「研究所……」
建物的に研究所っぽくはないな。単純に大きな洋館って感じだ。
まぁ現代日本には、洋館の地下にゾンビウイルスの研究所があるっていうゲームがあったくらいだし、洋館が研究所というのはおかしなことじゃないか。
たぶん。
セレンが呼び鈴を鳴らすと、内側から扉が開かれる。
若い獣人のメイドが姿を見せ、ぺこりとお辞儀をした。
「お待ちしておりました。セレン王女殿下。村長の元へご案内いたします」
「よろしく」
「お連れ様も、どうぞ」
というわけで、俺達は洋館に入った。
広いエントランスには大きな階段があり、その裏に地下へと続く昇降機があった。
「エレベーター? こんなものまで作ってるのか」
「こちらは帝国から輸入した魔道具です。階段を使わず、魔法の力で階層を移動できるすぐれものです」
俺の独り言には、メイドの獣人が答えてくれた。
「魔道具? 亜人街は帝国ともつながりがあるのか?」
「そもそもグランオーリスは多くの国と外交関係を結んでいます。帝国から魔導技術の提供だって受けているのです」
コーネリアが補足してくれた。
ふむ。王国と帝国の仲が悪く、王国とグランオーリスは比較的仲がいい。だから帝国とグランオーリスも仲が悪いと思っていたけど、そんなことはないようだ。
政治ってむずかしいね。
「つきました」
目的地にはすぐについた。
地下二階の研究室。
「ちょりーっす。よく来たっすねー。歓迎するっすよー」
その扉の先に、成長したウィッキーの姿があった。
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