第569話 にわか雨的な

「正確に言えば、ここはまだダンジョンになってない」


 セレンが言う。


「ダンジョンになりかけていると言ったほうが正しい」


「なりかけ? ダンジョンってのは、突然その場所にぽんと出来上がるもんじゃねーのか?」


「普通はそう。だけど、瘴気が関わると話は変わってくる」


「どういうことだ」


「最新の研究では、ダンジョンが生まれるのは魔力の濁りのせいだと言われてる。地形や環境によって特定の位置に魔力が溜まると、どんどん濁っていく」


「特定の位置に魔力が溜まるだって? 魔力ってのは、生き物の中にあるものじゃないかよ」


「違う。空気や土の中にも魔力はある」


「そうなのか」


「そう」


 魔力ってのは、どこにでも存在するってことかよ。


「じゃああれか、ここは魔力が濁っちまってるってことか?」


「そういうわけじゃない」


「じゃあ、あれだな。瘴気のせいだろ」


「そう」


 下層を歩いていく。狭く薄暗い路地に人影はない。遠くからモンスターの鳴き声だけが聞こえてくる。

 なんか臭いし、汚いし、ボロボロだし、ろくなところじゃないな。


「瘴気には、魔力の濁りと同じような働きがあるらしい」


「ダンジョンを生み出すってか?」


「より複雑な構造。より強力なモンスター。そんなダンジョンを生み出す」


 やっぱ瘴気ってクソだな。


「魔力の濁りと違うのは、その場所をダンジョン化させるということ」


「何が違うんだ?」


「魔力の濁りによって生まれるダンジョンは、その場所に影響を与えない。濁った魔力そのものがダンジョンになる。その位置に新たな空間が生まれるだけ」


「瘴気は?」


「瘴気は、その場所そのものをダンジョンに変えてしまう性質がある」


「なるほど。ここが街の面影を残してるのも、ゆっくりとダンジョンに変化しつつあるからってことか」


「そういうこと」


 なんてこった。

 瘴気は物や生物を蝕むだけじゃなく、空間まで侵食してしまうんだな。

 だが、マーテリアが生み出したものだとするなら、それくらいはやって当然とも考えられる。

 まじで迷惑過ぎる。キレそうだぜ。


 俺達はちょっとした広場に辿り着く。

 そこには先程のようなモンスターが何匹も徘徊していた。

 大小や形状は様々だが、人間だったという痕跡は共通している。


「やりにくいな、まったく」


「マスター。不本意であれば、わたくしにお任せ下さればよいではありませんか」


「バカ言え。俺はもうお前だけに手を汚させるつもりはねぇ。やる時は一緒だ」


 アイリスの提案は嬉しいが、俺には俺なりの筋ってもんがある。大したことのないものかもしれないけどな。


「どうしますか? 隠れて進むという手もありますが」


 物陰から広場を窺うコーネリアが言う。どうしたもんか。


「下層には、住民もいるんだろう。そいつらはどうした? 見当たらないけど」


「安全な場所に固まっているのでしょう。以前、モンスターが入ってこられないように防衛拠点を作りましたから」


 一応、最低限の安全は確保できてるってことな。ならいいか。


「いちいち相手をしてたらキリがないしな。隠れて進むか」


「わかりました」


 コーネリアは安堵した様子だ。


 だが、次の瞬間。

 轟音。

 上空から飛来した紫炎の砲弾が、広場を闊歩するモンスター達にいくつも降り注いだ。

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