第542話 そこに愛はあるんよ

「コーネリア」


「……なんです」


「あんたさ、今ここにいる騎士や兵士達の名前を言えるか?」


「え?」


「そこでのびてるヒゲのおっさんは?」


 コーネリアは答えない。


「なら、ケンカしてた二人の騎士はどうだ」


「……いえ。わかりません」


 呆れた。まさかここまでとはな。


「いいか。あんたはまだ若いし、経験も力もない。公爵の娘ってだけで団長に選ばれた。そうだろう」


「それは」


「そのくせ部下の名前だって憶えちゃいない。そんな団長にいったい誰がついていくってんだ?」


 ちょっときつい言い方かもしれないけど、セレンに頼まれた以上こっちも本気だ。

 本気でコーネリアを前進させないといけない。


「お姫様を守るためになんでもするってんなら、まずは立派なリーダーになれ。みっともなく男に縋りつくような女に、守れるもんなんてねぇんだからな」


 やば。ちょっと説教くさくなっちまったかな。

 俺だって説教なんてしなくないが、多少なりとも言葉による薫陶は必要だろう。

 黙りこくるコーネリアに背を向け、俺は馬のもとに戻る。

 俺達のやり取りを傍で見ていたアイリスがついてきて、くすりと上品な笑みを漏らした。


「笑うなよ」


「失礼。まさかあんなことを仰るなんて。お姫様と何をお話したのです?」


「家族の為に一肌脱いでくれってさ。一国のお姫様に、頭下げて頼まれたよ」


「まぁ」


 俺は木の幹に背を預けて座り込む。

 アイリスも隣に腰を下ろした。


「了承されたのですか?」


「まぁな。もちろんこっちからも条件をふっかけたけど。そうじゃなくても、家族の為って言われるとな。断りにくいだろ」


 アイリスの微笑みに、すこしだけ陰が落ちる。


「家族を家族たらしめるのは愛。そう教えてくれたのはお前だったなアイリス。まぁ、憶えちゃいないんだろうけど」


 アイリスは驚愕を浮かべている。


「セレンとコーネリアはいとこだってさ。ちゃんと血は繋がってるし、あいつらのお互いを想い合う気持ちは、まさしく愛ってことなんだろうさ」


「マスター」


 アイリスの手が、

 俺の膝に置かれる。


「もしかして。王女の頼みを受けたのは、わたくしがそう申し上げたからなのですか?」


「どうかな」


 特に意識したわけじゃなかった。ただ、心でつながった家族がいかに大切かということが俺の中に深く根を張っているのは確かだろう。


「すこしだけ、理解できたような気がしますわ。わたくしの知らないわたしくが、どうしてあなたを主としたのか」


「そいつはよかった」


 思わず笑ってしまう。


「まぁ、お前の記憶もいずれ取り戻してみせるさ。そうすりゃ、俺達はまた家族になれる」


「新しく関係を築くという手もありますわ」


「はは。それもいいな」


 アイリスの手に触れる。白く華奢な手。こいつがスライムだってことを忘れてしまいそうになる。


「なぁアイリス。お前、まだ人間になりたいって思っているか?」


「……はい。けれど、何故そう思うのかはわかりませんわ。この強い想いが、どこから生まれるものなのか、まったく見当もつかないのです」


「そうか……」


 それこそ、愛なのかもしれない。

 アイリスに自覚はなくとも、生命の深いところにそれはあるのだろう。


 愛。愛か。

 そういえば、ルーチェやサラの記憶が戻った時って、どんな感じだったっけ。

 ちょっと引っかかる。そこに手掛かりがありそうなもんなんだけどな。


 まぁ、いいか。考えるのは後にしよう。

 目下、コーネリアのことをどうにせにゃならんのだからな。

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