第537話 素でも強いよ

「なんだありゃ」


「ケンカですわね」


「そりゃ見りゃわかるけど」


 唖然とする俺の隣で、アイリスはのほほんとした微笑みを浮かべている。


「騎士団の空気が悪いのは、マスターも懸念されていたではありませんか」


「そうだが、お姫様の護衛中に殴り合いのケンカするか普通」


「色々と鬱憤がたまっているんだと思いますわ」


 そんで限界が訪れたってわけか。

 大の男が情けない。


「あなた達! 何をしているのですかっ!」


 血相を変えたコーネリアが、喧嘩の輪の中に現れる。


「やめなさい! 王女殿下の御前で!」


「うるせぇッ!」


「きゃっ――」


 殴り合う騎士の間に割って入ったコーネリアは、その両方から突き飛ばされて尻もちをついてしまう。

 場は更に盛り上がり、歓声が沸く。


「あなた達……! 自分が何をしているのかわかっているのですか! 団長に向かってこのような無礼を――」


「そういうのいいって。もうあっち行っててくださいよ。今いいところなんですから」


 野次馬の一人がコーネリアを引き摺って喧嘩の輪から引き離そうとする。


「な、なにを。やめなさい! これは団長命令です!」


「黙ってろ小娘が! てめぇなんざ誰も認めてねぇんだよ! 邪魔すんじゃねぇ!」


 大柄な騎士にぽいっと放り投げられ、コーネリアは転々と地を転がる。

 騎士の喧嘩はさらに白熱し、血しぶきが飛び交うほどになっていた。


「おいおい……」


 あのままじゃマジでどっちかが死ぬぞ。誰も止めようとしないし、団の規律は一体どうなってんだ。


「やめなさい! 団長の命が聞けないというのですか!」


 コーネリアは立ち上がって仲裁に入ろうとする。だがやはり相手にもされない。

 何度も輪に入ろうとするも、その度に突き飛ばされたり投げ飛ばされたり。


「やめなさい……! もう、やめて……!」


 彼女の声は歓声にかき消され、ほとんど聞き取れない。

 もはや立ち上がることも出来ずに、地に手をついて呆然とケンカを眺めるだけになっていた。

 馬車を見ると、窓からセレンがその様子をじっと見つめていた。相変わらずの無表情だが、どことなく悲しんでいるようにも見える。いや、あれは確実に悲しんでいる。


「アイリス」


「はい」


「馬車にいる王女を頼む。とばっちりを食わないように」


「承知しましたわ」


 俺は一瞬にして、喧嘩の輪の中に飛び込む。それから、馬乗りになって相手の顔面を殴りまくる騎士の手首を掴んだ。


「え?」


「なんだ?」


「あ、あいつは!」


 誰も俺の動きを捉えられなかったらしく、にわかに驚きが波及する。


「もうよせ。ほんとに死んじまう」


「あ? すっこんでろガキ!」


 空いた手で俺にパンチを放つ騎士。それをもろに喰らう俺だが、もちろんダメージは無い。


「騎士ってのは、もっとかっこいいもんだと思ってたけどな」


 俺は掴んだ手首を捻り上げると、刹那にして騎士を無力化する。次いで、痛みに悲鳴をあげる騎士の額にデコピンをいれて昏倒させてやった。


 歓声は鳴りを潜めた。

 だが、静かな熱狂はすこしも冷めていない。


「元気が余ってるなら俺が相手をしてやるよ。全員でかかってこいや。クソダサ騎士ども」


 俺の挑発を好機とばかりに、百人の騎士達は一斉に俺に殴りかかってきた。中には剣や槍を手にした奴もいる。

 こいつらは別に怒っているわけじゃない。ただストレスのはけ口を求めているだけだ。

 やれやれ。


 一秒後には、野営地には気を失った騎士達が並ぶこととなった。

 やったぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る