第536話 コロッセオいきたい

 昼になった。

 騎士団は簡易的な野営を布いて休憩を取ることに。


 俺とアイリスは野営地の隅っこに腰を降ろし、木の幹に背を預ける。


「相変わらずぎこちない空気だ」


「同感ですわ。一国の正規軍ともあろうものがこのような程度でよいのでしょうか」


「冒険者優遇の反動かもな。優秀な人材はみんな冒険者になっちまう」


 アイリスとだべっていると、てくてくとコーネリアがやってきた。


「お二人とも、これをどうぞ」


 彼女はぶっきらぼうに小さな袋を渡してくる。


「これは?」


「昼食です。何も食べないわけにはいかないでしょう?」


「俺たちの分もあるのか?」


「一応は」


 俺は袋を開いて中を確認する。独特な匂いが漂ってきた。


「パンと干し肉か。なんつーか、お姫様お抱えの騎士団のわりに粗末なメシだな」


 俺の口から出た率直な感想に、コーネリアのジロリとした視線が突き刺さる。


「文句を仰るなら食べなくても構いません」


「おっと。それとこれとは話が別さ」


 コーネリアが袋を取り返そうとしてきたので、俺はさっと袋を引いた。


「ありがたく食べさせてもらうよ。腹が減っては戦はできぬってな」


 俺は干し肉に噛みつく。


「からっ」


 塩辛いにもほどがある。肉の臭みを塩で上書きしているのかな。これは安物に違いない。

 コーネリアはしばし不満げな顔を見せていたが、ふと溜息を吐いて目頭を押さえる。


「我らの路銀は底を尽きかけています。節約しなければ、メインガンまで持ちそうにありません」


「人数は減ったのに金が足りないのか?」


「襲撃の際に失ったのです。食糧も現金も、今ごろモンスターの糞になっているでしょうね」


「そいつは災難だ」


 他人事のように言った俺に、コーネリアはくるりと背を向ける。


「私は王女殿下のそばにいます。では」


 疲労の滲む声でそう言って、彼女は馬車に向かっていった。

 その後姿は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに頼りない。無骨な鎧も張りぼてのようだ。


「心配ですか?」


 パンを手にしたアイリスが尋ねてくる。


「多少はな。俺も今は人のことを気にしている場合じゃないんだろうけど」


 世のため人のために戦うと決めた。けどそれも生きてこそだ。今まさに呪いに喰い殺されようとしている状態で、出会ったばかりの他人のカウンセリングとかしている余裕はない。

 騎士団に同行しているのもセレンを守るためであって、コーネリアをどうこうするためじゃないし。


「ふう」


 塩辛い干し肉とカチカチのパンを食べ終えた頃、野営地の一角で怒号が鳴り響いた。


「ふざけんな! てめぇ殺すぞ!」


「んだとコラァ! 調子乗ってんじゃねーぞカスがッ!」


 見れば、二人の騎士が取っ組み合いになっている。


「オラァ! 殺すッ! 殺してやるッ!」


「やってみやがれゴミカスがぁッ!」


 すごい剣幕でガチの殴り合いをしている。仲間だということが信じられないくらいに、純然たる殺意マシマシだった。

 周りの騎士たちは止めるどころか野次を飛ばして煽っている。

 突如として、野営地は闘技場のような狂ったような熱気に包まれた。

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