第531話 平常運転
「俺達は、神の山を目指してここにきた」
「なぜ、あのような所に? あそこは今や瘴気の生まれる地。魔王と魔族の住処となっています」
魔王? 魔族だって? なんじゃそりゃ。
新しいワードが出てきたやないか。だが、今はそれを聞いている場合じゃない。
「神の山に行けば、俺の呪いを解く術があるんじゃないかと思ってな」
「呪いを解く……話の筋は理解できますが……では、空から降ってきたのは何故ですか」
「空を飛んできたけど、瘴気のせいで近づけなかったんだよ。だからひとまず地上に降りた。そんでたまたまあんたらがモンスターと戦ってたってわけだ」
空を飛ぶだけなら魔法やらスキルやらで可能だ。だからこの説明で十分だろう。
コーネリアはしばし考えた後、ふと警戒心を弱めた。
「話はわかりました。神の山に行くなら、まずはここから東に向かってください。そうすれば王都アヴェントゥラに着きます。そこからずっと北に行ったところに、星降りの街エトワールがあります。そこまで行けば、神の山はすぐそこです」
「まずは東か。わかった。教えてくれて助かるぜ。でもいいのか? 神の山って聖域なんじゃなかったっけ?」
「以前はそうでしたが、瘴気のせいで聖域は邪悪に染まってしまいました。神の山の周辺には、高濃度の瘴気が渦巻いています。エトワールが呑み込まれるのも時間の問題でしょう」
「そしていずれは王都も?」
コーネリアは深刻な様子で俯く。
「それで王族を避難させてるってわけか」
「……そうです」
「王都に住む人達はどうなってるんだ? まさか国を治める側が真っ先に逃げてるってわけないよな?」
嫌味っぽくなったかもしれない。コーネリアはきつい目を俺に向けてくる。
「国王、王妃両陛下は、最後まで王都にお残りになられます。我らが王は民を見捨てて生き恥を晒すようなお方ではありません」
「そいつは失礼」
つまり、あの馬車には王女殿下が乗ってるってことか。一人娘って話だし、セレンなのは確定だな。
「しかし、そうなると心配だな。あんたらに王女を守り切れるとは思えない」
「な、なにを……! 我らエライア騎士団を愚弄するのですか!」
「うん。だってさっきもヤバかっただろ。俺達が来なかったら、王女は殺されてたかもしれないんだぞ」
「ぐ……」
現実を突きつけられ、コーネリアは何も言い返せない。
セレンのことを思うと、俺の語気も自ずと強くなってしまう。
「腕利きの冒険者とか、護衛につけなかったのか? この国にはたくさんいるだろ?」
「もちろんつけました。王都の上級パーティを何組も。ですが……王都を発って二日も経たぬうちに、全滅したのです」
「……まじか」
グランオーリスの冒険者は並じゃない、それでも勝てないなんて。瘴気のモンスターってのは、そこまで厄介なのかよ。
ヒーモとかサニーのことも心配になってきたな。
「悪い。我見に囚われちまってたみたいだ」
「いえ……お気になさらず」
コーネリアは悄然と俯く。自らの無力を恥じているのだろう。
この状況で諦めずセレンを守ろうとしている姿勢は、素直にリスペクトに値する。
うーん。
「やっぱり俺達も同行するか」
「え?」
「王女を安全なところに送り届けるまで、どうだ?」
「しかし」
「俺達を信用できないのはわかるが、またモンスターに襲われたら次はないぞ?」
「それは……」
コーネリアは横目で馬車を見る。そしてすぐに俺に向き直った。
「一体、何が目的なのです。この国の民でもないあなたが、王女殿下の護衛を申し出るなんて」
そりゃもちろんセレンが心配だからだ。けど、そんなことを言っても誰にも信じてもらえない。セレンとの繋がりは俺の中にしかないからな。
金って言っとけばいいかな。王族を助けたんだから褒美がたんまり貰えるぜ的な。
「申し上げておきますが、褒美は期待なさらないことです。我が国の財政は魔王への対策で困窮しておりますゆえ」
あらら。先手を打たれちゃった。
「そうだな……俺はいい女に目がないんだ。美人の為なら損得勘定抜きで力を尽くす。そういう男なのさ」
「……俗な人ですね。たしかに王女殿下はお美しいお方です。その美貌はグランオーリスの翠玉と称されるほど。お近づきになりたいという気持ちも当然。しかし、護衛につくからといって殿下に近づけると思いなさるな。グランオーリスの王室は尊貴なる青い血筋なのです」
コーネリアはきつく釘を刺してくる。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだ。勘違いさせちまったなら謝る」
俺はコーネリアの前に片膝を付き、手甲に包まれた手を取った。
「俺が美人って言ったのは、あんたのことさ。コーネリア団長」
「え……は、はぁっ?」
裏返った声が、慌てた口から吐き出された。
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