第508話 エージェント・ヒューズ
「どうしてお前がここにいる」
俺の口をついて出たのは当然の疑問だった。
「いやぁ。僕も驚きだったよ。まさかあなたが王国の人間だったとはね。亜人の味方をしているものだから、どこか別の国の人かと思っていた」
「王国民が亜人に味方するのはおかしいか?」
「うん。おかしい」
言い切りやがった。
「亜人に味方する王国民は一般的じゃない。間違いなくマイノリティだろう。真理がどうとかいう話はしないでくれよ。僕にはそんなことはどうでもいいんだ。現実を生きる上では、いま世の中に蔓延っている社会通念こそが重要なのさ」
「刹那的な考えだな。俺はその考え方はクソだと思う」
「かもしれないね」
ヒューズはくつくつと笑う。
「ロートスさんは、すでにヒューズ殿とお知り合いでしたか」
先生が眉を下げながら言う。
「知り合いというか。初対面ではないことは確かですけど」
「マッサ・ニャラブじゃ、あなたを助けてあげたじゃないか。そう邪険にしないでくれよ」
「俺はイケメンが嫌いなんだ」
「この仮面が男前だと?」
「その仮面の下がイケメンな気がするんだよ」
確かに俺はヒューズの素顔を見ていない。けどこいつはイケメンだと思う。勝手にイケメンだと決めつけて、勝手に嫌う。人生、そういうことがあってもいいと思うんだ。
「そんなことはいい。それで、なんでお前がここにいるんだよ。帝国の使者だからか?」
俺の質問に答えたのは先生だった。
「ヒューズ殿は、スパイなのです。帝国の有力者に取り入り、帝国側の使者として暗躍しています」
「じゃあ王国の人間かよ」
「ちょうど帝国に戻るところだったんだ。タイミングばっちりだったね。アデライト先生に感謝しなよ」
「言われなくても。でも、先生。どうしてスパイなんかと面識があるんですか?」
「私はギルド長を兼任していますから、色々なところにコネがあるんですよ」
「ギルド長? まじですか」
あー。なるほどな。
あのじじいのギルド長が追放された後、ギルドを建て直す時に先生が抜擢されたわけか。たしかに先生は冒険者クラブの顧問だったし、適任といえば適任かもしれない。
ヒューズは部屋にある大きな機械を叩く。
「これに乗って行くんだ」
「乗り物なのか、それ」
「飛空艇。帝国の最新魔導技術を結集して作られた、空飛ぶ箱さ」
「へぇ」
飛行機まで作れるのか。帝国ってほんとに技術が進んでいるんだな。
「魔導革命以降、ヴリキャス帝国の産業力が日に日に増している。世界の覇権を取るのも時間の問題だろうね」
「いいのかよ。スパイがそんなこと言ってて」
「別に王国が覇権を取る必要はないんだ。この国の民が幸福ならそれでいい。僕はそのために動いている」
「ご立派だな」
ヒューズは飛空艇のハッチを開き、乗り込んでいく。
「準備ができてるならもう行こう。朝までに戻らないと、怪しまれる」
「わかった」
俺は先生に向き直る。
「ありがとうございます。先生」
「とんでもありません。今の私には、これくらいしかできませんから」
「十分ですよ」
俺は彼女を抱きしめたい衝動に耐えながら、飛空艇へと足を進める。
「スキルの件も、よろしくお願いします」
「ええ、任せてください。お気をつけて、ロートスさん」
アデライト先生の真剣な顔が、閉じたハッチに隠された。
「さぁ行こう。全速力で飛ぶぞ」
ヒューズが呟くと、建物の天井が開いていく。ロボットの発進シーンみたいだな。
飛空艇が振動しながら上昇すると、妙な浮遊感を覚えた。
「本当に飛んでる。大丈夫なのかこれ。落ちたりとか」
「その時はその時さ」
のんきな口ぶりで、ヒューズが操縦桿を握っている。
そして、飛空艇は空に飛び立った。
いざ、帝国へ出発だ。
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