第489話 無職の宿命
速い。
まるで急降下する隼のようなスピードで、一直線にこちらに斬りこんでくる。
俺は、鞘から半分ほど露わにした剣で初撃を受け止める。
重い一撃だった。踏ん張りを効かせる余裕のなかった俺は、体勢を崩してたたらを踏んでしまう。
「よく反応した」
追撃の刺突が俺の胸元に迫る。
俺は華麗な体さばきでそれをかわす。間髪入れずイキールの連撃が打ち込まれたので、よく見て回避することに成功した。
「体の利く俗物だ」
イキールの攻勢が速すぎて剣を抜く隙がない。
見ない間に格段に強くなっている。魔法学園のクラス分け試験で見せたような無様は跡形もない。
けど。
「いくら速くても、目が慣れてくるんだよなぁ!」
イキールの横薙ぎ一閃を屈んで避けつつ、俺は抜剣からのカウンターを放つ。
その切っ先は、イキールの鎧をかすめただけ。
まじか。外しただと。
「不慣れな剣だな」
蹴りが飛んでくる。俺は後ろに跳びながら喰らうことで衝撃を緩和させ、同時に距離を取った。
周囲から声があがった。
「閣下すごい! なんて剣さばきなんだ!」
「あれが今年十六になる閣下の実力かよ! やはり天才であられる!」
「ああ! あの『剣聖降ろし』の前じゃ、どんな剣士も平伏すぜ! なぜならあのスキルは、英霊になった歴史上の剣聖をその身に降ろし、その剣術を自分のものにできるんだからな!」
「まさに神スキルだ!」
なるほどな。強いわけだ。
「いいスキルだな。イキール」
「そうだろう。僕のような優れた貴族にふさわしいスキルだ」
すまし顔で剣を構えるイキール。
「貴様もスキルを使ってかまわんぞ」
「気を遣わせておいて悪いが、俺はスキル持ってないんだ」
「なに?」
「俺は『無職』だからな」
イキールは眉を歪める。
数秒後、この場は爆笑の渦に包まれた。
「こいつ『無職』かよ! クソじゃねぇか!」
「まさか『無職』のくせに殿下にたてついたってのか? 笑えるー!」
「うおー! 『無職』って職がないってことだろ! 動物と一緒! そんな奴、社会の底辺で這いつくばる生きる価値のない下等生物に違いねぇ!」
「スキルを持ってないから亜人の使者なんかやってんだろうな! 自分より優れた者達の社会から逃げ出した負け犬だ!」
「ああ! マジでやばいな!」
このくだり何回目だよ。
兵士達は全員が嘲笑をあげている。
だが、イキールはその限りではなかった。
「それはおかしな話だ。人間ならば誰もがスキルを持っている。たとえ最弱劣等職の『無職』だとしても、何らかのスキルを授かっていないわけはない」
その言葉に、周囲の兵士達が感心する。
「たしかに、殿下の仰る通りだ。武勇だけでなく優れた知恵もお持ちとは」
「となると、あの使者は人間じゃないってことか?」
「やはり亜人か? 人間に見えるが」
やんややんやと、兵士達から様々な言葉が飛ぶ。
イキールは冷静だった。
「どうやら訳ありのようだ。だがそんなことは関係ない。ひとたび決闘を始めた以上、どちらかが斬られるまで続けるしかない」
「今のうちに降参したら許してやるよ」
「ほざけッ!」
イキールは再び疾風となった。
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