第442話 つおい

 癖のある赤茶色の髪は腰のあたりまで伸びている。頭についたネコミミは相変わらず可愛らしい。

 くりっとした大きな目にはどこか凛々しさを感じた。十二歳にしては、力のあるまなざしだ。

 身長は結構伸びている。百四十以上あるだろうか。サラの歳は育ち盛りだもんな。


 漆黒のローブ。首には真紅のストール。その下にはフリルをあしらった上品なブラウスと、紺色のプリーツスカート。オーバーニーソックスとブーツを組み合わせ。

 かつて俺がリッバンループで買い与えた思い出の品だった。仕立て直して着てくれているのだろう。


「ごきげんよう盟主サラ。お変わりないようでなによりです」


 ルーチェが一礼する。

 その後で、アイリスがにこりと笑んだ。


「久しぶりですわね。サラちゃん」


「そうだね」


「調子はいかがです? ちゃんとご飯を食べていますか?」


 アイリスの質問を無視して、サラは俺とロロに視線を移した。


「そちらのお二方は? 見ない顔ですが――」


 そこまで言って、サラは血相を変えた。

 直後、その全身が魔力の輝きに包まれる。


 重心を落とし、腰の剣を抜き、俺に向かって一直線に向かってくる。

 速い。全身のバネを使った獣人らしい動き。


 コンパクトな動作で振られたショートソードを、俺は鞘から露出させた刀身の根元で受け止めた。

 鈍い金属音が響く。


「おいおい。冗談きついぜ」


 俺はロロを庇うように一歩前に出る。

 押し出されるようにサラは一歩下がった。だが、鍔迫り合いは続く。


「まさかお前に剣を向けられる日がくるなんてな」


「くっ……」


 辺りは騒然となっていた。

 亜人達は戦闘態勢をとり、あからさまに剣呑としている。


「なんのつもりだ。サラ」


「わかりません……! わかりませんけど……ボクはあなたを、ここで倒さないといけない気がするのです!」


「わからんならやめろ」


 俺は剣を鞘に収める。

 鍔と鞘に刀身を挟まれ、サラのショートソードは粉々に砕け散った。


「えっ……うそっ……」


「それなりにいい動きだったが、まだまだ甘いな」


 小さい頭をぽんぽんと叩き、サラの手から折れた剣を取り上げる。


「強いんですね。あなたは、何者なんです」


「すぐにわかる」


 上目遣いでじっと見つめてくるサラと視線を合わせる。


「サラ。内なる魔力の衝動に身を委ねるな。それを制御してこそのドルイドだ」


 おそらく、サラの中のファルトゥールの魔力が俺を敵だと認識したのだろう。

 この男は女神の敵。だから危険な存在。排除するべきだと、サラの無意識に働きかけたのだ。

 俺にはわかる。

 曲がりなりにも【座】に至ってるんだからな。神のこと、そして世界のことが少しずつ理解できるようになってきたというわけだ。


「失礼しました。無礼をお許しください」


 サラは粛々と頭を垂れる。

 ふむ。そういえば。

 サラの首に巻かれたストールを、しゅるりと解く。


「あ。なにを」


 サラの首に着けられた、奴隷の首輪。

 なぜ、これが残っているのか。

 俺の消滅と共に、これも消えていてもおかしくないと思ったが。

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