第399話 まずいですよ

「一発で決めるぜ」


 俺は深く腰を落とし、拳を引き絞る。

 一切の防御を捨てた一撃専心の構え。

 エストもそれに乗ったようだ。両手を刃に変え、こちらに突っ込んでくる。


『わしが、神じゃよ』


 エストの速度は常軌を逸している。神を自称するにふさわしいスピード。その突っ込みは、光の速さに達しようとしていた。


「いーや。違うね」


 だが、今の俺にはその亜光速すら止まって感じる。

 俺は床を蹴って飛び出す。単純な力で前進したわけじゃない。だから踏み出しの音もなく、衝撃もない。

 その刹那、俺はエストをぶん殴っていた。

 何の駆け引きもない力と速さの競い合い。俺に軍配が上がるのは必然だった。


「どちらかというと、カスだな。お前は」


 エストの顔面は跡形もなく消滅し、残った体は吹っ飛んで壁に激突。無残に潰れ、動かなくなった。血が出ないのが幸いだ。グロさが半減だからな。

 勝った。だが落ち着いてはいられない。


「オルたそ」


「は、はいっ」


「マーテリアから伸びてる鎖。どれか一つ解けると思うんだけど、どれだかわかるか」


「……えっと」


 オルタンシアはキョロキョロと鎖を探し、その内の一つに目を付けた。


「あれ。なんとなく解けるような気がします……」


「それだ。やってみてくれ」


 俺達は壁際のクリスタルに移動する。

 もちろんエストを警戒しつつだ。ぶっ潰したものの、またいつ動き出すかわからない。マーテリアがこの状態である以上、エストを破壊することはできないようだ。俺の〈妙なる祈り〉でも無理そうだから、どうやっても無理なんだと思う。


「これを……解けばいいん、ですよね?」


「できそうか?」


「……やってみます」


 オルタンシアは鎖が繋がれたクリスタルに手をかざす。すると、にわかにクリスタルが輝き出した。眩いばかりの閃光が広間を支配する。


「これは……!」


 まるでクリスタルが苦しんでいるかのように明滅している。そして、ついには激しく振動し始める。


「やっぱりオルたそは、鍵の一人だったか」


 次の瞬間、クリスタルが勢いよく砕け散り、鎖が千切れ飛んだ。飛んできた破片からオルタンシアを守る。


「どうなった?」


 広間中央に浮かぶマーテリアへと振り返ると、繋がれていた鎖のうち一本がバラバラに解け、クリスタルの一部に亀裂が生じていた。


「おお。これは上手くいったっぽいな」


 やはり俺は最強だ。トントン拍子で事が進んでいる。

 エストに操作された運命から脱し、自分で道を切り開いてきた成果が、ここにきて花開いた感じだな。

 俺とオルタンシアは広間の中央まで進み、改めてマーテリアを見上げる。


「綺麗な、人ですね……」


「人っていうか、神だけどな」


 三女神の一柱というから、エンディオーネやファルトゥールと同じような容姿をしていると思ったが、そうじゃない。あいつらはロリだったが、マーテリアはグラマラスな大人の女って感じだ。


「こいつが、エストの核か……」


 マーテリアを破壊すれば、エストは消滅する。

 しかし、このクリスタルは外界からの干渉を受け付けていないようだ。俺の〈妙なる祈り〉でも無理なところを見るに、やはりかなりの神的パワーが働いているらしい。


 ひとまずは、これで目的達成か?

 マーテリアの封印に傷をつけたことで、エストが完全に殻に閉じこもってしまうまでの時間を稼げたのか?

 ううむ。今の時点ではよくわからない。どうなっているのやら。


 そんなことを思案していると、ふと、それまで落とされていたマーテリアの瞼が開いた。


「お、起きた……?」


 オルタンシアが驚く。俺も同じだ。


『わたしの眠りを妨げるのはあなたですか』


「うおっ」


 エストの時のようなおっさんのしゃがれ声とは違う、脳髄に響くような蠱惑的な女の声。


「マーテリア? 意識があるのか?」


『あなたでしたか。来てしまったのですね。アルバレスの御子』


「なんだって?」


 その呼び方はヘッケラー機関が使ってた奴だろ? どうしてマーテリアがその名で俺を呼ぶんだ。

 いや、逆か。アルバレスの御子という呼び名は、昔からあったんだ。それをヘッケラー機関が流用したってことだろう。あいつらは神族についても調べていたらしいし、その過程でマーテリアの存在に気が付いていてもおかしくない。


『残念です。あなたはこの世界に来るべきではなかった』


「どういうことだ」


『あなたの持つその力は……世界の調和を乱します。あなたの存在そのものが、純粋なる混沌なのです』


「世界の調和だって? んなもんとっくに乱れてるだろうが。お前がエストなんか作らせたせいでよ」


『それは違います。エストにより運命は定まり、現代の世界は整然としています。とても美しい世界です』


「そりゃお前ら神にとっちゃそうかもしれねぇけどよ。人からしたら生きにくくて仕方ないんだよ」


 少なくとも俺はそう思う。

 俺がそう思うんだからそれが真実なんだよ。我儘に聞こえるかもしれないけど、人生ってそういうもんだろ。


『異物は排除せねばなりません』


「なんだと?」


『わたしの力はあなたに及ぶべくもありませんが、全てにおいて劣っているというわけでもない。わたしにはあなたより優れているものがある』


「何言ってるか全然わかんねぇんだよ」


『知っている、ということです』


 なんだそりゃ。情報戦的なあれか?


『あなたとエストの繋がりを断ち、元の世界に送り返しましょう。祈りの力は、厳重に封印致します』


「待て。そりゃどういうことだ!」


 なんかまずい気がする。

 これは、なんかまずい気がするぞ。

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