第378話 豆腐かよ
清々しい朝がやってきた。
それなりの疲労を感じるが、とてもすっきりとした目覚めだ。
ここ数日でチャージしていたものを吐き出したおかげかもしれない。
ベッドの上でうんと身体を伸ばす。
隣ですやすやと寝息をたてるオルタンシア。暑いのか、華奢な肢体を晒していたので、そっと布団をかけてやる。
なんて健やかな寝顔だろうか。
まだ幼さの残る中性的な美しさが光っている。
「やっちまったか」
後悔はない。
ちょっとした罪悪感はある。
主に、エレノアとアデライト先生に対して。
まぁ、今更だ。
開き直り続けるしかない。
俺は静かにベッドから出ると、服を着て部屋を出た。
そこでばったり、ラルスと顔を合わせる。
「ああ。ちょうどいい。今起こしにいこうと思っていたところなんだ」
「どうした?」
なにやら慌てている様子だ。
こんな朝から一体何があったのだろう。
「キミを追ってギルドの連中が来てる。チェチェンの仇討ちだと息巻いているぞ」
「まじかよ」
仇討ちってなんだよ。
別に殺してねーわ。
「そいつらは今どこに?」
「宿の前に集まってる」
「わかった。なんとかする」
俺は早足で宿から出た。
宿場町の大通りに、数十人の冒険者が整然と並び立っていた。
なんか軍隊みたいだ。冒険者ってあのモヒカン達みたいなならず者ってイメージだったけど、なんか雰囲気が違う。
周囲の通行人達は何事かと遠巻きに眺めている。
「出てきたぞ! あのガキがロートス・アルバレスだ!」
冒険者の一人が叫ぶ。
凄まじい殺気が一挙に集中する。
うお。
なんて圧力だ。並の人間ならこれだけで気絶するだろうな。
事実、俺についてきたラルスは殺気の余波だけですでに失神していた。
おいおい。
最近いいとこまったくないな。
ラルスも決して弱いわけじゃない。むしろ強者の部類に入る。アイリスも『トリニティ』には一目置いていた感じだったしな。
そのラルスがこの有様だ。
グランオーリスの冒険者は、それだけレベルが高いってわけか。
俺は冒険者達の前に歩み出る。
「こんな朝早くからご苦労なこったな。俺に何か用か?」
更に殺気が強まる。肌がビリビリと痺れ始めた。
最前列にいた一人の若者が一歩前に出てくる。
身の丈ほどもある大剣を背負ったツンツンした金髪の青年だ。黒いバトルスーツがかっこいい。
「俺はサニー・ピース。S級冒険者だ」
びっくりするくらいのイケメンボイスだった。
「そして、キミが再起不能にしたチェチェン老の弟子でもある」
「弟子……すると、後ろの奴らも?」
「そうだ」
サニーは頷く。
「ここに集まった者は、みなチェチェン老の弟子だ」
つまり、弟子達が師匠の仇討ちに来たってことか。
あのじいさん、そんなに人望のある冒険者だったのかよ。
しかし、再起不能ってのはどういうことだ。
「話が読めないな。俺はデコピンしただけだぞ?」
「チェチェン老は神スキル『リュミエール・アッシュ』の恩恵もあって、生まれてこの方敗北を知らなかった。それが、お前のような子どもに完敗したんだ。そのせいで昨夜、彼は引退を表明した」
「クソ雑魚メンタルじゃねぇか」
再起不能って精神的な理由かよ。ちょっとダサすぎるだろ。
いい歳して、たった一回の挫折で折れるんじゃねぇよ。
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