第369話 履修済み
「なっ……!」
「あらぁ」
ハドソンとミラーラも驚愕している。
ラルスが床に倒れそうになるのを、ハドソンが抱きとめていた。
「はっ。ザコが調子に乗るからよ」
モヒカンは再び拳をポケットにしまう。
「速いな……」
俺は呟く。
ぼうっとしていたのもあるが、モヒカンが拳をポケットから抜く瞬間を捉えられなかった。
腰の引き方、重心の操作、拳の威力。何をとっても一級品。
まるで居合切りだ。
たぶん、これがこいつのスキルなんだろう。
「わかっただろうが。王国でブイブイ言わしてただかなんだかシラネェが、ここじゃんなもん通用しねぇんだよ」
なるほどな。
確かに王国とはレベルが違う。
「なぁあんた」
「あ?」
「ランクは何級だ?」
「B級だよ。それがどうした」
まじか。
このモヒカン連中。一人一人があのオー・ルージュといかいうS級冒険者と同じくらいの実力があるぞ。
「いや、なんでもない。それより、登録はどこでやればいいんだ? ここは初めてでさ、教えてくれると助かる」
「おいテメェ。さっきの話聞いてなかったのか? お?」
「うん。全然聞いてなかった」
モヒカンの額に青筋が浮かんだ。
これは短気ですわ。
「いい度胸だ……! この国で冒険者を敬わねぇ奴は、殺されても文句は言えねぇってことをしっかりと体に叩き込んでやる必要があるな……!」
「ええっ。まじかよ。ところで、冒険者登録はどこでやればいいんだ? 見た感じ受付っぽいところないけど」
「ッ! 死ねや!」
モヒカンの拳が、ポケットが発射された。
速い。
けど、ちゃんと備えていたら問題ないスピードだ。
といっても、避けるまでもないか。
モヒカンの拳は風を切り、正確に俺の顔面を叩く。
そして。
「う……ウオォッ!」
モヒカンの拳は、見るも無残な感じで潰れてしまった。
血が滲み出てきて、拳を真っ赤に染める。
「なんだ……テメェ……! なにをしやがった」
「いやなんもしてねぇよ」
俺は頬をさすりながら、溜息を吐く。
〈妙なる祈り〉で強化された俺の肉体は、ただ強いだけの冒険者にダメージを喰らうような代物じゃない。
「あんたもべつに弱くはないけどさ。イキるなら相手を選べよ」
俺はファーストエイドを使い、モヒカンの拳を治療してやる。
「な、治った……?」
驚くモヒカン達。
俺はポケットに両手を入れ、一歩前に出る。
「せっかくだから、俺が正しいイキり方ってもんを教えてやる」
靴底で床を打つ。
決して強い衝撃じゃない。だが俺の念が込められた振動は、モヒカン達だけをふわりと宙に浮かばせた。
直後。
神速で放った両の拳が、刹那にしてモヒカン達をぶっ飛ばす。
全員が壁に激突して、建物全体を揺るがした。
静寂。
一拍置いて、周囲が騒然となる。
「なんだ……今のは……」
「スキル? いや、そんな感じでもなかったぞ」
「純粋な身体能力だとでも? 馬鹿な。ありえん」
この中に、今の居合いを見逃さなかった奴が何人いるだろうな。
俺は両手を開き、ホールの中央に進んでいく。
「あれ~? 俺、なんかやっちゃいました~?」
ホール内の視線すべてが集まると、騒々しさは増していく。
「あんなガキが『モヒカンブラザーズ』を瞬殺なんて。何かの間違いだ。おかしい」
「ああ。あの小僧の技、明らかにおかしいぞ」
そんな会話が聞こえてきたものだから、声のした方に振りむく。
「あの~。俺の技がおかしいっていうの。それ、弱すぎるって意味だよな?」
冒険者達はあからさまにドン引きしている。
ああ。
なんか思い出してきた。
目立つことの快感。
これだよこれ。
前世では、俺は目立つことに心血を注いでいた。
場の中心に自分がいるという自覚は、自信に繋がるからだ。
そうか。そういうことだったのか。
転生してからは、目立つことが悪いことであるかのように錯覚し、目立たないように目立たないように生きてきた。
それこそ、運命の呪縛に囚われていたということだろう。
俺は今、その呪いから解放された。
そう言っても過言じゃないな。
たぶん。
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