第370話 ガリガリの老人は強いんだよ

「大した少年じゃ」


 老人のしわがれた声。

 何の前触れもなく、ホールに爽やかな風が吹いた。

 なんだ? この風は。


「試験を受けに来たというのに、冒険者を打ちのめしてしまうとはのぅ」


 喋っているのは、片隅のテーブルで酒をあおっている小柄な老人だった。

 ノースリーブのシャツにハーフパンツ。整えられた白髪と無精ひげ。皴だらけの四肢はまるで枯れ木のようだ。


「これはおもしろいことになってきたわい」


 あ、これはあれだ。

 いかにもか弱そうな老人が実はギルド最強の実力者みたいな展開だろう。

 俺はすぐさまその老人のところに向かう。


「あの、ちょっといいですか?」


「ほ。なんじゃ」


「冒険者になりたいんです。試験はどこで受けられますかね」


「むぅ。残念じゃが、試験は受けられんぞい」


「え、なんでですか?」


「試験官を務めるA級冒険者が不在での、帰ってくるまで待たんといけないんじゃ」


「ええ……いつ帰ってくるんです?」


「わからん。早うてもひと月はかかるじゃろうなぁ」


 それじゃ遅すぎる。


「俺は今日にでも冒険者になって仕事を始めたいんです。なんか方法はありませんかね」


「そう言われてものぅ……」


「例えば、A級じゃなくてS級の人に試験官をやってもらうとか」


 場がにわかにざわついた。

 老人の目がギラリと俺を見る。


「少年。試験の内容をわかって言っておるのか?」


「さぁ? でも、試験官と力比べとかだったら楽勝かなぁって思ってる」


 騒然となったホール。

 そこかしこから声が聞こえてきた。


「あいつ。『モヒカンブラザーズ』を倒したくらいで調子乗りすぎじゃないか?」


「ああ……確かに強いかもしれねぇが、S級は異次元だ。あれは殺されても文句言えねぇって」


「調子に乗った若者がつぶされるのは、最高のショーだなぁ」


「よそ者が。さっさとくたばっちまえ」


 まったく好き勝手言ってくれるよなぁ。傍観者は。

 まぁ、俺も好き勝手してるから同じか。

 どっこいどっこいってやつだな。


「少年。わしがS級だと早々に見抜いておったな?」


「まぁね。見ればわかりますよ。見た目も気配も上手く隠しているみたいだけど、俺の目はごまかせない」


「改めて、大した少年じゃ」


 老人はにこりと笑う。


「その審美眼に免じて、わしが試験官をやってやろう」


 やったぜ。


「試験の内容は? なんでもいいぜ。なんでもできるからな俺は」


「そいつは重畳」


 酒のビンを握り、片手のグラスに注ぐ老人。


「今からガチで戦って、わしを殺せたら合格じゃ」


 直後。

 老人の放った光が俺の両腕を切断した。

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