第362話 ケーイーワイ

 長い砂漠を越え、グランオーリスとの国境にたどり着く。

 途中、いくつかのオアシスを経由した。オアシスがあるところには街が興っている場所もたくさんあったが、わざわざ語るほどの事件はなかったので割愛する。

 グランオーリスとの国境には、ヘッケラー河よりも大きな、海にも見紛うほどの大河があった。


「バリショーイ河です。この河を渡ると、グランオーリスです」


「河がそのまま国境になってるってことか」


 オルタンシアは頷く。


「手続きをしましょう。あっちに管理局があります」


「ほい」


 オルタンシアに連れられ、石造りの大きな建物に向かう。


「この辺は結構涼しいな」


「はい。暑いのは砂漠だけですから。他の地域は比較的過ごしやすいです。えっと、国土のほとんどが砂漠ですけれど」


「石油がたくさんとれそうだな」


「石油?」


「ああいや、こっちの話だ」


 首を傾げるオルタンシアから目を逸らす。

 管理局の周囲には、多くの人で賑わっていた。ジェルド族をはじめ、多くの人種がいるようだ。

 中に入って手続きを始めるとしよう。


「こんにちは。渡河ですか? それではこちらに記入を」


 営業スマイルのおじさんが受付に立っていた。グランオーリスの人間だろうか。


「ロートス・アルバレス、っと」


 用紙に名前やら国籍やら諸々を書き込む。こんな簡単でいいのかな。

 オルタンシアは後ろで待っている。


「あれ? オルたそは書かないのか?」


「あ……その、自分はグランオーリスまでの案内人ですから、あの……ここから先はお役に立てませんと思いますし」


「グランオーリスに行ったことは?」


「……ありません」


「そっか」


 俺は記入を止め、オルタンシアの顔をじっと見つめる。


「あの……種馬さま……?」


 役に立てないというのが、俺についていきたくないという口実かもしれない。彼女は生まれた国を離れたくないという気持ちがあると言っていた。でもはっきりと行きたくないと言えば角が立つから、役に立つ立たないの話を持ち出してマッサ・ニャラブに留まろうとしているのかな。


 なんてことを考えたが、そんなもんわからん。

 本心を言葉にせず察しろ、なんてことをオルタンシアが望んでいるとも限らないしな。京都人でもあるまいし。


「オルたそ。一緒に来たいか来たくないかで言ったらどっちだ?」


「え?」


「役に立つとか立たないとかどうでもいいから、オルたその気持ちとして行きたいか行きたくないかで言ったら、どっちなんだ?」


「その……自分は……」


 俺は次の言葉を待つ。

 彼女は今、自分の想いと言葉を吟味しているのだ。


「し、正直に言いますと、半分半分です」


 しばらくの沈黙の後、オルタンシアは呟いた。


「住み慣れた故郷を出たくないという気持ちもありますし、種馬さまに種付けして欲しいという気持ちもありますから。せっかく女王さまから頂いた機会を逃すのも、イヤですし」


「じゃあ、俺が決めていいか? オルたそが俺と一緒に行くか行かないか」


「その、それでもかまいません。いえ……そうして、ください」


 俯いて、もじもじしながら言うオルタンシア。

 よし。かわいい。


「じゃあついてこい」


「いいのですか?」


「いい。それに、俺がお前を案内人に選んだのはちゃんと訳があるからな。一緒に行こう」


「……はい」


 オルタンシアの手を取ると、彼女は身を寄せて俺を見上げてきた。完全に恋する乙女の瞳だ。

 こう言うとなんだが、ちょろい気がするな。おそらくオルタンシアにも、俺の運命干渉の影響があるのだろう。だから俺のことを好きになる。


「ん?」


 そうか。

 まさか、オルタンシアも鍵の一人なのか?

 可能性はある。


「あのー」


 受付のおじさんが言いにくそうに口を開く。


「早く書いてくれませんかねぇ……?」


 そうだった。

 めんごめんご。

 俺達の後ろにめっちゃ行列ができてたわ。

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