第339話 救世神ってなんやねん

 野営地の中心に置かれた巨大なテント。十数の女兵士達が警固するその場所が、アルドリーゼの拠点だった。

 テントは宝飾品で飾られ、立派な佇まいを呈している。


「すごいですねぇ、これ」


 サラはテントを見て感動の声を漏らしている。

 それを受けてアルドリーゼが誇らしげにうんうん頷いた。


「でしょ~? やっぱり余は女王様だしね~。こういう外面っていうのも大事なわけよ~」


「豪華で綺麗だけどな……うーん、俺としてはもっとシンプルな方が上品でいいと思うんだけど」


「それはあれだね~。価値観の相違ってやつだね~」


 その通りだな。他民族の文化を認めることも重要だ。


「さ~。はいったはいった~」


 女兵士が入口を開き、アルドリーゼはさっさと中に入ってしまう。

 俺達もその後に続いた。


「お、お邪魔します」


 サラがちょっとだけ委縮しながら中に脚を踏み入れる。

 そんな緊張しなくてもいいぞ。


「ほら~。はやくこっちへおいで~」


 外装に負けず劣らず、内装も豪華だった。

 金とか銀とか宝石とか彫刻とか、そういったもので装飾されている。

 光りすぎて眩しいくらいだ。


「わぁ……!」


 サラはそれを見て目を輝かせている。


「お前ってこういうの好きだったっけ?」


「女の子は甘いものとキラキラしたものには目がないんですよ? ねぇアイリス?」


「わたくしにはちょっと分かりかねますわ」


 スライムだもんな。

 まぁそれはいい。


 アルドリーゼは玉座に腰を下ろしている。傍に侍る女兵士がでかいうちわを仰いでいる光景が、あまりにもステレオタイプで笑けてくる。

 玉座の前に進んだ俺は、不遜にも絨毯の上に座り込むことにした。サラはおどおどしながら、アイリスは微笑のまま俺に倣う。


「んじゃま。話を聞かせてもらおうか。女王さんよ」


「ん~。そんな態度を取られるなんて初めてだよ~。すんごい偉そ~」


「仕方ねぇだろ。俺は〈尊き者〉だからな」


「自分で言ってちゃ世話ないね~」


「うるせ。さっさと話を進めようぜ」


 社会的地位がなんぼのもんじゃい。俺は相手が女王だからといってへりくだったりしないのだ。


「種馬くんは~、マッサ・ニャラブについてどれくらい知ってるのかな~?」


「女が多いってことくらいしか知らないな。あとは、ちょっと前まで王国に支配されてたとか?」


「ん~。まぁそんなもんだろね~。余たちについて何か知りたいことってある~?」


「そうだな。まず一つは、お前たちにとって俺は何者かってことだ」


 これを知らないことには身の振り方も考えられない。自分の立ち位置を把握するのは生きていく上で重要なファクターだ。

 アルドリーゼはふと目を閉じる。じっと黙り込み、思案しているような仕草だった。


「〈尊き者〉ロートス・アルバレスはね~。太古からジェルド族に伝わる救世神を指すんだよ~」


 静寂を破って出てきた言葉に、俺はそれなりに意表をつかれた。


「救世神だって?」


「そ~。余のご先祖様がね~、遺した予言があるんだ~。え~っと、なんだったっけ~?」


 アルドリーゼはそれを忘れているようで、うちわを持つ女兵士に聞いていた。


「こちらです」


 やってきた別の兵士がアルドリーゼに石碑を渡している。

 あれに予言が書いてあるんだろう。


「あ~。そ~そ~。これね~。今から読み上げるよ~」


 ごくり。

 サラがつばを呑む音が聞こえてきた。俺より緊張しているようだ。


「今や偽りの太陽が天を覆い、深淵の月が闇夜を照らす。千年の呪縛に絡まる憐れな生命は、虚ろなる繁栄に身を焦がし、真実の価値を見誤らん。いつしか陽光は黒く染まり、月光は灼熱の火炎と化すだろう。そしてまた、新時代は朽ち果て、旧き神と偽りの太陽を呑み込まんとする。我ら悲願の民は解き放たれん。すべては混沌に彩られし無を纏う自由の士によって。降臨せしは救世神。〈尊き者〉ロートス・アルバレス」


 それはあたかも祝詞の如く、アルドリーゼの口から唱えられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る