第320話 力の化身
(さぁ……僕の『ホイール・オブ・フォーチュン』の力。改めて思い知ってもらおうか)
歯車の回転が加速する。がっちりとかみ合った歯車が、異音もなくスムーズに動いている。
なにが飛んでくるんだ。ビームか? レーザーか?
油断せず身構えてみても、何かを撃つような気配はない。
「ん?」
大伽藍の床に、魔法陣のようなものが浮かび上がっている。
何だあれは。
その魔法陣の中に、人影が生まれた。それは小柄な少女の姿をしていた。だが、顔がない。のっぺらぼうのようにつるっつるの顔面をしている。ぼろぼろのワンピース。剥き出しの素足には煤のような汚れが付着している。床まで伸びた長い髪がやけに不気味だった。
「またオリジナルのモンスターか? 芸がないな」
(勘違いしてもらったら困る。その子はモンスターじゃない。れっきとした人間さ)
「なに?」
(まぁあれだよ。実験の副産物ってやつかな。子どもを攫ってきて、適当にいじくり回してたら偶然すごいのが出来ちゃってね)
「筋金入りのクズだな、てめぇは」
(悲しいけど、それがその子の運命だったんだよ。運命を弄ったのは僕なんだけどね。ははは)
俺は歯を食いしばる。
邪悪ってのはこいつのような奴をいうんだろうな。
(キミは殺しをひどく嫌っているようだから、こういうのは効くだろう?)
否定できないのが辛いところだ。
「殺さず無力化すればいいだけだろ」
(そうだね。そうしてくれると僕も嬉しい。せっかく手に入れた成果を失うのも忍びないしね)
のっぺらぼうの少女が、深く腰を落とした。
(できればの話だけど)
反応する余裕などなかった。
刹那にして彼我の距離を詰めた少女が、俺の眉間に鋭いつま先を叩きこんでいたからだ。
直撃を受けた俺は無様に吹っ飛ぶ。ものすごい勢いで視界が回る。たぶんこれは、あれだ。首から上が吹き飛び、ぐるぐると宙を舞っている。
マジか。
油断していたわけじゃない。むしろ万全の構えだった。
それなのに、微動だにできなかった。
速すぎる。
(うわぁ……びっくりするくらい強いねその子。怖いなぁ)
てめぇが作ったんだろうが。
立ったままの俺の身体が、少女の蹴りによって爆発四散する。
「ファーストエイド」
自分に医療魔法をかける。すると首の傷が塞がり、完治する。
俺は首だけの状態で床に転がった。
痛い。
(ええぇ……生きてるのかい? それで?)
「うるせぇな。別にいいだろうが。首だけで生きる人間がいても」
(だめでしょ)
変なところで常識的な奴だ。
少女が迫りくる。俺の頭をサッカーボールみたいに蹴り飛ばすつもりだろう。
死ねば蘇生できるが、簡単に死ぬわけにもいかない。少女への対策がないうちに死んでもクソスキルの無駄遣いになる。それに、クリスタルから放たれる琥珀色の光も要警戒だ。
ロートス・アルバレス最大のピンチだな。
だが、ピンチの時こそチャンスと言うし、死中に活を見出すしかない。
「これはちょっと癪だが」
ファルトゥールの像を思い出す。あいつは目からビームを撃っていた。
俺もそれをやろうと思う。
「くらえ」
両目から、凄絶な出力のビームが発射された。少女の脚を狙う。殺さずに機動力を奪うにはこれしかない。
青白いビームは少女のくるぶしあたりをかすめ、後ろのマシなんとか五世の歯車に直撃。派手な光を生み出した。
そして俺の頭部は、少女に蹴られて爆発四散した。
あーあ。また死んだ。
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