第301話 終焉の序曲

「見事じゃ。ロートス」


 アカネが拍手をしながらこちらに歩いてくる。

 その姿はいつの間にかのじゃロリモードに戻っていた。


「まだ、さっきの質問に答えてもらってないぞ」


「どこまで知っているか、とな」


 溜息を吐くアカネ。


「悪いがそれは教えてやれん」


「なんでだよ」


「それが運命じゃからじゃ。おぬしならとうに分かっておると思ったがのう」


 わからん。

 いや、なんとなくならわかる。


 俺は、知るタイミングを定められているんだ。いわゆるこの世界の真実って奴を。

 だからアカネは、教えたくても教えることができない。


「ロートス、おぬしの呪縛はエストそのもののはたらきというよりは、ピストーレの坊やの『ホイール・オブ・フォーチュン』によるところが大きい。あやつをどうにかせんことには、まことの意味での自由はありえんのじゃ」


「難儀だな……つくづく」


 異世界に来てからというもの、物事が簡単に運んだことがない。

 それが運命を操作されたからだというのはわかる。

 けどまぁ、転生前の現代日本でも同じようなものだったかもな。


「ほれ。落とし物じゃ」


 アカネが何かを投げ渡してくる。

 危なげに受け取ったそれは、念話灯だった。


 機関の構成員たちと戦った時に落としていたのか。

 ちなみに、その構成員たちは石像が生み出した衝撃によって塔から吹き飛ばされていた。

 あの指揮官、エストの依り代になって、敵味方関係なく攻撃を加えていたんだな。理性というものはすでになかったに違いない。


 ふと、念話灯が着信する。


「もしもし」


『あ、ロートスくんっ。無事なの?』


 ルーチェか。


「ああ。なんとかな。そっちはどうだ?」


『うん。こっちもなんとかなったよ。あのミーナって人は、みんなで取り押さえて拘束した後、アイテムボックスに収納したの』


「ああ、なるほど。そりゃいい。一番の対処法だな」


 あの無尽蔵の体力を持つミーナも、アイテムボックスに閉じ込められちゃあおしまいだろ。


『ロートスくん。これからどうするの? まさかとは思うけど、サラちゃんを助けに?』


「ああ。そのつもりだ」


『何言ってるの! 一人で行くつもり?』


 エレノアの声だ。


「よかった。無事に降りられたんだな」


『全然よくないわよ! 一人で勝手なことして!』


「あー……ごめんって。悪かった」


『もうっ……二度とあんな真似、しないでよね……』


「ああ」


『ほんとにわかってる?』


「わかってるって」


 ちょっと怖い思いをさせてしまったかもしれないな。

 反省だ。


『ロートスさん。とにかく、一度こちらに合流してください』


 今度は先生の落ち着いた声が聞こえる。


「先生? でも、サラが」


『コッホ城塞にはまともな方法じゃ入れないっすよ。どんな時でも正規のルートを通らないといけないっす』


 ふむ。

 先生とウィッキーが言うのなら、そうなのだろう。

 これは一度戻って、これからのことを考えないといけないみたいだ。


「わかったよ。そっちに行く」


『では、私の研究室へ。あそこなら広いですし、落ち着いて話もできるでしょう』


「わかりました。すぐに向かいます」


 そうして、念話灯の通話が終わる。


「アカネも来てくれるか?」


 俺のお誘いに、首を横に振るアカネ。


「わらわは遠慮しておこう。うちの頼りない若様のことも心配じゃしの」


「そうか。ヒーモはどうしてる。無事なのか?」


「途中までは意気揚々と親コルト派と戦っておったが、スキルが使えなくなってからは即刻学園へ逃げ込んでしまったわ。今ごろ寮の自室で縮こまっておるじゃろう」


「はは。あいつらしいな」


 なんにせよ無事でよかった。

 まことに遺憾ながら、一応あいつは俺の親友ということになっている。死なれちゃ後味が悪い。


「じゃあ俺は行くよ。サンキュな、アカネ」


「ロートス」


 塔から飛び降りようとした俺を、アカネが呼び止める。


「おぬしは、自分が何をしようとしておるか分かっておるのか?」


「え?」


 今更そんなことを聞かれるとは思わなかったな。


「神を滅ぼす。それだけだろ」


「代償は大きいぞ。おぬしが思っておるよりはるかに」


「脅かすなよ……」


 エストを滅ぼせばスキルが消滅し、世界に大混乱が訪れるだろう。

 そんなことは承知の上だ。けど、スキル至上主義のせいで種族間で差別が生まれたり、運命が補強されて人生の自由を縛られたりするよりマシだろう。

 あくまで俺の価値観においてはな。


「くれぐれも、自身の選択を後悔するでないぞ」


 やけに深刻そうに言うじゃないか。

 スキルがなくなるのは大変だが、きっと人はそれを乗り越えられるはずだ。

 無責任かもしれないが、俺はそう信じる。


「忠告、感謝するよ」


 俺は手をひらひらと振り、塔から飛び降りる。


 正直、この時の俺はそこまで深く考えていなかった。

 世界や、大切な人達がどうなるかばかり考えていて。


 自分がどうなるかなんて、これっぽっちも考えていなかったんだ。

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