第266話 混沌としてきたな

「貴様は危険だ。やはり、ここで排除する」


 エルゲンバッハの筋肉がさらに大きさを増した。

 スキルを封じているはずなのに、この強さ。意味が分からないな。


「主様。どうされます」


 シーラの質問を受けて、俺は考える。

 エルゲンバッハが俺を排除したいと言ったように、俺もこいつをどうにか対処しておきたいと思っている。具体的には、無力化して親コルト派とやらの情報を聞き出したい。

 だが、エルゲンバッハの強さは異常だ。スキルなしの状態でアイリスと互角なのだから、やり合うとなればこちらも被害を覚悟しなければならないだろう。


「よし」


 決めたぜ。


「勝負をかけるぞ」


 俺はエレノアとマホさんを一瞥してから、強く言い切った。


「御意」


「かしこまりましたわ」


 みんなに俺の意図は伝わったようだ。


「面白い。全員葬ってくれるわ!」


 エルゲンバッハが拳を打ち合わせる。


「かかってこい虫けらども」


「おう! 行くぜ!」


 俺の合図で、みんな一斉に動き出す。

 アイリスはエレノアとマホさんを担いで窓の外へ。シーラ達守護隊はエルゲンバッハに魔法の雨を降らせつつ、アイリスを追って建物から脱出。俺もそれに続いた。


「なにぃっ! 逃げるだと貴様!」


 魔法の矢を何十、何百とくらいながら、エルゲンバッハが悪態を吐く。


「悪いな! お前みたいなバケモンの相手、してられねぇんだわ!」


 全員がホテルから脱出したところで、エンペラードラゴンに変化していたアイリスが空高く飛翔する。全員がアイリスに掴まり、上空へと退避したってわけだ。

 もちろん戦闘魔法による追撃はあるが、守護隊による魔法障壁がすべてを防いでいた。

 すごい。


「このまま王都まで直行だ」


 こんなことになった以上、敵に見つかるとかは考えなくてもいい。

 一刻も早くウィッキーとルーチェと合流して、アデライト先生のところへサラを連れて行くんだ。

 ここまで来ればマッサ・ニャラブ共和国との国境から飛んでくる狙撃も届かない。


「全員、怪我はないな?」


 空飛ぶアイリスの上で、俺は守護隊一人一人の状態を確認する。


「守護隊。みな無傷です」


「よし。エレノア、腕の傷はどうだ?」


「え、ええ。へいき。とっさに避けたから」


「見せてみろ」


 エレノアの白い二の腕からは、それなりの出血が見て取れる。

 直後、俺の唱えたファーストエイドで完治したけどな。切り裂かれた袖以外は元通りだ。


「ありがとうロートス……不思議な医療魔法ね」


「なに。ただのファーストエイドだ。そんなことより」


 エレノアの腕の中で気を失っているマホさんの方が心配だ。

 俺の視線を察して、エレノアは神妙な顔になる。


「たぶん、大丈夫よ。傷は塞がっているし」


「でも、休養は必要だ」


「……そうね」


 まさか、奴らが神族を狙ってくるとは。エストを消滅させる計画もご破算だ。

 ついてない。


 親コルト派とかいうぽっと出の勢力にしてやられたなんてな。

 これから一体どうなるのか。


 王国軍と、ヘッケラー機関と、帝国と、亜人連合と、冒険者ギルド、親コルト派。

 敵が多すぎるんだよなぁ。

 敵同士でつぶし合ってくれているのがせめてもの救いか。


 まぁいい。

 俺は俺のやるべきことをやるさ。


 まずはサラをなんとかする。

 それからエストをなんとかして、戦争をなんとかするんだ。


 大変なのは間違いないが、目標は困難なほど燃えるってもんだろう。

 意地でも、なんとかしてやるさ。

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