第247話 夜のお誘い

「てんでダメだ。その計画はやめとけ」


 なんでだよ。


「お前さん、今日のことを忘れたのか? 誰にも相手にすらされていなかったじゃねーか。自分の国ですらそうなんだ。帝国の人間が話を聞くわけがねぇ」


 マホさんの言う通りだ。

 だけど。俺には気になることがある。

 それは、マクマホンが俺を尊き人だと言っていたことだ。


 スキル至上主義の王国では、俺はただの『無職』。クソみたいな価値しかない。

 けど帝国はそうじゃないだろう。もしかしたら俺の話を聞いてくれるかもしれない。


「まぁお前さんにも勝算があってのことだろうが……よしんば話を聞いてくれたとしても、戦争を止めるには不十分だろうな」


「どうしてです?」


「考えてもみろ。戦争がいやっていう輩が、お前さんだけだと思うか? んなわけねぇ。この国にも、亜人にも、帝国にも、戦争反対を叫ぶ奴らはいる。なのに、世の中から戦争はなくならねぇ。なんでだと思う」


 考えたこともなかった。

 そりゃそうだ。元の世界でもそうだった。いつの時代も、戦争に反対する人々はいた。軍の兵士達ですら、戦争反対を主張していた。


「それが世界の運命だからだ」


 マホさんは、そう断言した。


 世界の運命。

 それは重大な宣告のように聞こえる。


「それについては、アタシよりもっと詳しい奴がいる。そいつに聞くといい」


「誰です?」


「焦るなって。ロートス、お前さん」


 マホさんは珍しく思い詰めるような表情で瞼を閉じる。

 それから、居心地の悪い沈黙が訪れる。


 どうしたのだろうか。

 しばらくして、マホさんは意を決したように目を開いた。


「今夜、ちょっと空けとけ。ちょっと連れていきてぇとこがある」


 なんと。

 まさかマホさんから夜のお誘いがくるとは。

 まぁマホさんは美人だし、気も知れているし、俺としてもなんら問題はない。


「おい。なんか変なこと考えてねぇか」


 おっと。

 邪な思考が顔に出ていたのかもしれない。

 あぶないあぶない。


「それで、俺はどこに連れ込まれるんです?」


「はっ。そりゃ、お前さんが想像もできねぇようなイイところだよ」


「ああ。そいつは楽しみですね」


 マホさんの目は、今は話を切り上げようというメッセージを放っていた。

 俺だってマホさんとは幼馴染だ。彼女のアイコンタクトくらいは理解できる。


「じゃあ俺はここいらでおいとまします。また夜に」


「ああ、この宿の裏手で待ってるぜ」


「ぜひ」


 俺はそそくさと退室する。

 帰り際にエレノアの様子を窺ったが、気持ちよさそうに眠っていた。

 まあ、初めての体験に疲れてしまったのだろう。


 よきかな。


 部屋を出ると、廊下の壁にアイリスが背を預けていた。


「すまん、待っててくれたんだな」


「とんでもございませんわ。マスターを待つ時間も、わたくしにとっては至福です」


 俺としては複雑な気持ちだが、アイリスの好意を素直に受け取ることにする。


 さて。

 夜が来るまで、その辺をぶらぶらしておくか。

 お尋ね者の立場を、存分に利用させてもらおう。

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