第229話 いつかの宿

 その後。

 数日かけてリッバンループに辿り着いた俺とアイリス。

 街に足を踏み入れた時はすっかり夜になっており、大通りに並ぶ魔導灯が輝きを放っていた。俺は休みなしの旅にくたくたである。


「マスター」


「ああ。空気がピリピリしてるな」


 このところヤバいことに首を突っ込み続けているせいか、そういう空気に敏感になっているようだ。街のそこかしこに衛兵が配置されている。街の外だけでなく、中までもが厳しく監視されているようだ。

 流石に俺と、見るからに人間のアイリスは怪しまれはしていない。


「宿を取るぞ。明日、朝イチで軍の基地に行く」


「はい」


 アイリスにちっちゃくなってもらい、俺は一人部屋を取ることにした。


「懐かしいな、このボロ宿」


 俺は窓から夜の街を眺めて呟く。


「懐かしい?」


 元の大きさに戻ったアイリスは、ベッドに腰かけながら首を傾げた。


「サラを買った日に泊まったんだよ。入学前に」


 懐かしいといっても、まだ三か月も経っていないんだな。一日一日の内容が濃いせいで、随分と前の事のように感じる。


「では、この街はマスターとサラちゃんが出会った場所なのですね」


「ああ。ちょうど、あの辺の奴隷市場だな」


 指差した先には、閉店した奴隷商の建物。感慨深いな。

 サラとの出会いを思い出す。

 あの時は小汚い格好で、死んだような目をして奴隷として陳列されていた。

 その後、すぐに生気を取り戻していた。

 俺がそうしてやったと思うと、嬉しいし、あいつに愛情も湧いてくるというものだ。


 俺は拳を握り締める。

 改めて、サラを救う決意をするんだ。その為には、亜人連合、ひいてはこの戦争そのものをなんとかしなけりゃならない。そうじゃないと、サラはずっとドルイドの血統として目をつけられたままだろう。


「マスター」


 アイリスの声が、俺の背中に触れた。


「サラちゃんは幸せ者ですわ。そこまでマスターに想われて、従者冥利に尽きるというものです」


「……だといいけどな」


「わたくしは、サラちゃんが羨ましいですわ」


「なに、お前も俺の従者だ。それだけじゃない。その姿になった時、教えてくれただろ? 家族を家族たらしめるのは愛だってさ」


「ええ。憶えておりますわ」


「お前らはさ、俺の家族なんだよ。種族が違っても、血が繋がってなくても、しっかりと心で繋がってる」


 俺は窓を閉め、振り返る。

 アイリスの空色の瞳に、イケメンが映り込んでいた。


「だから命を賭けられるんだ。家族の為なら、死ぬのだって怖くねぇ」


 俺はベッドの上、アイリスの隣に腰を下ろす。

 それから、しばらくの静寂が訪れた。


「マスター。わたくしの身の上話を聞いてくださいますか?」


「いきなりだな」


「家族なのですから、ちゃんとお話ししておきたいのです」


「たしかに」


 強欲の森林でどう生きていたのか。それ以前はどうだったのか。

 スライムの身の上話というだけでも、興味は尽きない。


「ぜひ話してくれ。俺も聞きたい」


「ありがとうございます。光栄ですわ」


 アイリスは俺の手を握る。指を絡めてしっかりと。いわゆる恋人つなぎというやつだ。

 白くて華奢な指は、どうみても人間の少女のものだ。スライムとは思えない。

 その状態で、アイリスは静かに語り始めた。

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