第208話 これはやばい
「そんなわけあるか」
あいつが戦争の片棒を担ぐような真似をするとは思えない。
まだ十歳の女の子なんだぞ。
「ロートス様、よくお聞きください。サラ嬢は、スキル至上主義の社会を嘆いておられました。何故だか分かりますか」
「そりゃ、獣人だからだろ。スキルを持たない亜人は人間扱いされないから」
「違います」
マクマホンは今までで一番はっきりした口調で否定した。
「サラ嬢がスキル至上主義を嘆くのは、すべてあなたの為です」
「俺のため?」
「ええ。『無職』であるあなたにとって、この社会はこの上なく生きにくいでしょう。愛する主人が、『無職』であるというだけで正当に評価されない。それを憂いていたのです」
そういうことか。
なるほどな。真実がどうかはともかくとして、たしかにサラならそんな風に考えていてもおかしくはない。
けど、なんつーか。
「おせっかいだな」
俺はマクマホンを突き飛ばすように放す。
「別に俺は生きにくいなんか思ったことはねぇし。『無職』だってことに絶望したりしてねぇ。そもそも社会の評価なんざ求めてないしな」
人から褒めそやされたり、ちやほやされたり、そんなもんを求めるような浅はかな男じゃねぇんだよ俺は。
「あなたがそうでも、周りはそうは思わない。あなたのことを愛する人は、あなたが不当な扱いを受けることが耐えられないでしょう」
「ああそうかもな。だから、おせっかいなんだよ」
俺の評価なんぞ、ひとりひとりが勝手にやっていればいいんだよ。
「そういうわけだ。とにかくサラと話をさせてもらおうか」
とにかく、あのクリスタルから救出しないとな。
大魔法のカギとやらにさせるわけにもいかねぇし。
「ロートスくん……」
ルーチェは俺の後ろで手を組んでいる。
「困りましたねぇ。今、サラ嬢は安全なところで眠っておられますから」
ああ、しらばっくれたなこいつ。
やっぱり信用できねぇわ。
ここでぶっ倒しておいた方がいいかもしれん。
だが。
「敵襲だぁ! やばい!」
遠くから聞こえてきた男の声に、俺達の意識が引き寄せられる。
「王国の兵隊が来たぞ! 夜襲だ! 冗談抜きでやばいやつだ! みんな起きろぉ! やばいぞ! 迎え撃つ準備をするんだぁ! ああ、やばい!」
この上なくやばさの伝わってくる声だ。
「さて、のんびり散歩というわけにもいかなくなりましたね」
マクマホンは踵を返して去っていく。
「ひとまず私はこれで、ロートス様は安全なところにお逃げになるがよろしいでしょう」
「おい、話はまだ終わってねぇ」
「敵が攻めてきているのに話し込んでもいられません。しからば」
マクマホンは魔法を唱えて浮遊し、どこかへ飛んで行ってしまった。
くそ。体よく逃げられちまったな。
「ロートスくん。どうするの?」
「サラのところへいこう。戦いのどさくさに紛れて、あのクリスタルから出してやらねぇとな」
戦争を止めることはできなかった。
だがそれは仕方ない。
たかがいち学生にできることなんて知れてる。
今は、サラの救出が第一だ。
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