第204話 舌多そう
調べるまでもなかった。
ルーチェのテントに、その男が訪ねてきたからだ。
「ソルヴェルーチェ嬢。夜分遅くに失礼する。まだ起きておられるかな?」
テントに人型の影が映る。
ルーチェは俺の顔を見ると、意を決したように立ち上がる。
「ええ。まだ起きています。何か御用でしょうか。このような夜更けに婦女子の寝所を訪ねるのは感心いたしませんが」
その声は毅然としていた。強張りや震えなどは一切ない。
二人はテント越しに会話を続ける。
「ごもっとも。しかし小生も子どもの使いで来たのではない。こちらに例の人物がいらっしゃったと、小耳にはさんだものでね」
「と、言われると?」
「ロートス・アルバレス」
心臓が跳ねた。
「彼がこちらに来られたとなれば、しかとお顔を拝してご挨拶をしておきたいのだよ。朝まで待ってもよかったのだが、それでは礼を失する。ロートス氏は尊きお方だ。急いてしまった我が不徳をお許し願いたい」
ルーチェはすぐに返答しなかった。俺を匿うか否か、考えあぐねているのだろう。
俺はベッドから立ち上がると、ルーチェの肩に触れた。
振り返ったルーチェは不安げな表情だ。
なるべくかっこつけたキメ顔で頷いてみせる。心配は無用だ。
そして、俺はテントの入り口を開く。
「俺がロートス・アルバレスだ」
男が何か言う前に名乗ってやったぜ。これが俺にできる精一杯の先制攻撃だ。
目の前には、魔法由来の照明器具を手にした長身の男が立っていた。
「おお。あなたが」
大体、四十代半ばくらいだろうか。相変わらず『イヤーズオールドアナライズ』は発動しない。整えられた顎髭をさすり、俺を見下ろしている。
と思うと、男はすぐに腰を折り、頭を垂れた。それなりに恭しい態度じゃないか。
「夜分の訪問にお応え下さり、まことに痛み入ります」
「だろうな」
「小生はサイクス・バールフォア・マクマホンと申す者。西方のヴリキャス帝国で外相を務めております」
「へー」
覚えにくい名前だな。とりあえずこいつはマクマホンと呼称することにしよう。
「それで? 帝国のお偉いさんが俺みたいな『無職』に何の用だ?」
マクマホンは顔を上げ、ぎょろりとした碧眼を俺に向けた。金髪を固めた整髪剤の匂いが漂う。
なんかイヤだな。
「恐縮ではありますが、中に入れて下さるかな?」
俺は背後のルーチェを見る。怯えているような感じはないが。
「だめだ」
俺は掌を見せて断固拒否する。
「ここはルーチェのテントだ。むさ苦しいおっさんには、ちょっと刺激が強すぎる」
美少女の部屋に中年のおっさんを招き入れるわけにはいかんだろう。
現代日本的感覚でもそうだし、この世界の感覚でもそうだ。
マクマホンは愉快気に笑っていた。
「仰る通りですな。流石はロートス・アルバレス様。聡明なお方だ。物事の本質を正しく捉えておられる」
うぜぇ。聡明とか本質とかそういう話じゃないだろう。
俺以外の男がルーチェのテントに入るのが許せねぇだけだぜ。
こいつは俺のメイドなんだからな。
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