第144話 どさくさに紛れて
なんだと。
エルフの男が、絶滅していたとは。
「流行り病でやんす。その病はエルフの男だけを殺し、女には一切の害がなく、ごく短期間だけ猛威を振るったでやんす」
「流行り病……エリクサーは効かなかったの?」
エレノアの顔も真面目な感じだ。
「もちろん効いたナリ。エリクサーで治せない病はないナリ。だが、単純に数が足りなかったナリよ」
「エリクサーは一年に一人分しか採れないでやんす。日ごと死んでいく男達を助けるにはあまりにも少なかったでやんす……」
ううむ。それはなんともやばい問題だ。
しかし、確かフィードリッドって。
「俺の知り合いにエルフがいるんだが、そいつは二百五十歳だったぞ? 三百年前に男が絶滅したなら、計算が合わなくないか?」
「にひゃくごじゅう……ロートス、あんたフィーと知り合いでやんすか?」
「フィードリッドのことならそうだ」
その名に反応したのは副長だった。眉をきつく吊り上げる。
「あの追放者と知り合いナリか」
「ああ」
「奴はエルフの中で最も若いナリよ。エルフの男が遺した最後の純血ナリ」
それはいいんだが、計算が合わないって話は。
「エルフは長命種であるが故に妊娠期間も人間より長いでやんすよ。妊娠から出産までおよそ五十年でやんす」
「まじか」
「まじでやんす。そのせいで、エルフはあまり子を産みたがらないでやんす」
なるほどな。それなら辻褄が合う。
ううむ。俺の考えを申そう。
「話を戻すぞ。だったら百年前に現れた人間の男。やっぱり清きなんとかだったんじゃ?」
「だから! 何故そうなるナリか」
「エルフの血を絶やさないように。精力旺盛な男がやってきたんだろうよ」
「は、破廉恥な……そんなの横暴ナリ!」
んなこと言われても俺のせいじゃないからな。
「……言われてみれば、でやんす」
ところがオーサは形のいい顎を押さえて頷いた。
「ロートスの話もあながち的外れとも言えないかもでやんすね。事実、フィードリッドはあの男と交わり、この里を追放されたのでやんすから」
そうだったのか。
副長はぐぬぬとでも言いたげな顔をしている。
「しかし……仮にそうだとしても生まれてくるのはハーフエルフ。呪われた忌み子ナリよ! 我々は誇り高き純血のエルフナリ。そんなものを産むくらいなら、絶滅した方がマシナリよ!」
「は?」
ふざけんなよ。アデライト先生をディスる気か。
「てめぇ」
気付けば俺は、副長の服を引っ掴んでいた。胸倉を掴もうと思ったが、布地が少ないせいで申し訳程度しかない上衣を掴み上げる。桃色の山頂が二つ、完全に露わになっていた。
「ちょっとロートス! なにやってるの!」
エレノアが慌てて止めに来るが、そんなの関係ねぇ。
「何をするナリか! 離せナリ!」
「うるせぇ。ハーフエルフの何が悪いってんだ。混血ってだけで差別するなんて許さねぇぞ。血なんかでその人の本質がわかるわけねぇんだ」
我ながら、珍しく熱くなってしまっている。
当然だ。これは義憤なのだ。
アデライト先生を理不尽に非難することはマジで見過ごせねぇ。
「ロートス。やめるでやんす」
オーサの放った風の魔法が副長の服を斬り裂く。支えを失い、副長は尻もちをついた。
千切れた上衣を手に、俺は上半身裸の副長をガン見する。
「何を怒っているでやんすか。ハーフエルフは、人間にとっても忌むべき存在でやんす」
「他の奴らは知らねぇが、俺の知ってるハーフエルフはこれ以上ないってくらいの人格者だ。少なくとも俺にとっては恩人なんだよ。二度と侮辱するようなことを口にすんじゃねぇ」
マジトーンの俺には、エレノアもアイリスも呆気に取られていた。
だが、ここは流石の幼馴染。エレノアは俺の耳を鷲掴みにし、元の位置まで引っ張っていく。
「いてて! いてぇよ! おいエレノア!」
「もうやめなさい! あなたにも事情があるみたいだけど、女性に乱暴は感心しないわよ」
「わかった、わかったよ!」
エレノアは今一度俺の耳を捻り上げ、それからようやく離してくれた。
解放された耳をさする。超いてぇ。
だけど、ちょっとは頭が冷えたぞ。
「副長、悪かった。ちょっと熱くなりすぎた」
俺は副長の上衣を懐にしまいながら謝罪する。
「いや……私も、軽率だったナリ」
手ブラで立ち上がる副長は、意外にもしおらしくなっていた。
そして次に、オーサが核心をつく。
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