第143話 清き異国の雄

「それで? ロートスの方はどうして森にいたでやんすか? エレノアとは知り合いみたいでやんすが、一緒に来たわけではなさそうでやんすね」


「ああ、そうだな。俺は……」


 ここは変にごまかさず、正直に話そうと思う。

 誠意を尽くすのが人間関係の極意だと、アデライト先生の振る舞いが教えてくれたからな。


「俺は、エリクサーを手に入れるためにここに来るつもりだったんだ。だけど、途中でトラブルが起きたみたいで、それで森で気絶していたらしい」


「エリクサー……そういうことナリか」


 副長の眼光が俺を射抜く。


「過去。エリクサーを求めてこの森にやって来た人間は数知れんナリ。だが、生きて帰ったものはいないナリよ」


「……なんでだ?」


 深刻そうだな。

 そこにオーサが割って入る。


「これ。脅かすでないでやんす」


 副長は鼻を鳴らし、オーサが溜息を吐いた。


「エルフの森は、他種族の立ち入りを禁じているでやんす。ずっとずっと昔からでやんすよ。あっしらが人間を嫌悪するずっと前からでやんす」


「そうなの? どうして?」


 尋ねたのはエレノアだ。


「危険だからでやんすよ。エルフはこの森を守る民でやんすが、同時に森の脅威から弱い生き物を守る役目も担っているでやんす。だから厳しく立ち入りを禁止しているでやんすよ。世間は、エルフが他種族を嫌っていると思っているそうでやんすけど、別にそんなことないでやんす。あっしらが嫌いなのは人間だけでやんすよ」


 それはそれで納得いかないけどな。


「話はわかった。で、エリクサーは実在するんだな?」


「するナリ。聖域の奥で熟成される世界樹の樹液。それがエリクサーナリよ」


 世界樹の樹液。なるほど、そいつはいかにも効き目がありそうだ。


「……なんとかそれを譲ってもらうことはできないか? 一人分でいいんだ。治したい人がいる」


「……エリクサーは我々エルフにとってもたいへん貴重な物ナリ。なにせ採れるのは一年に一人分。新鮮でなければならない以上保存もきかないナリよ。さらに言うなら、聖域には強力無比なモンスターがうじゃうじゃといるナリ」


「そこをなんとか」


 俺が両手を合わせるも、副長は困ったように眉間を寄せるだけだ。


「族長。エリクサーは我らエルフの秘宝ナリ。いくら恩人とはいえ、そう易々と渡してよいものナリか」


「普通なら、そうでやんすね」


 オーサは腕を組んで目を閉じる。


「けどロートスは、『清き異国の雄』でやんす。エリクサーを求めてここを訪れ、侵略者を撃退した。これは偶然とは思えんでやんす」


 そういえばそんなこと言っていたな。


「その清きなんとかってのはなんなんだ? 俺は自分がそんな大層な人間のつもりはないんだけど」


「一万年の太古より伝わるエルフの預言でやんす。エルフの里に危機が訪れた時には、いつの世も必ず『清き異国の雄』が現れ、エルフを救ったのでやんす」


「ふーん。つまり、里の外から男が来るってことか?」


「そういうことでやんす。ある時は人間、ある時は獣人、ある時は魔族であったと伝えられているでやんす」


 あれ? もしかしてだけど。


「百年前に現れた人間の男も、その清きなんとかだったんじゃ?」


「それはありえんナリ! あんな下劣な男が『清き異国の雄』のはずがないナリ。そもそも百年前は、エルフの危機などではなかったナリ!」


 急に声が大きくなったな。副長の奴。


 しかしなぁ。ずっと気になっていたことがあるんだ。


「この里に、エルフの男はいないのか?」


 俺が質問を放った瞬間、エルフ達の表情が一変した。しょぼくれたような、あるいは沈痛な面持ちになる。


 それを察したエレノアも口を開こうとしない。

 アイリスは微笑のまま首を傾げていた。


 訪れた沈黙は、しばらくの間続く。


「三百年前」


 オーサが沈黙を破る。


「エルフの男は、絶滅したでやんす」

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