第96話 ドラゴンといったらブレスだろ

「あなたは捨てられた神殿であの巨大な石像を倒した。あれに比べたら、ハナクイ竜なんてちょっと大きいトカゲみたいなもの」


 セレン、それは違うぞ。あれを倒したのはアカネだし。俺は『ちょいデカボイス』で応援してただけだ。


「だから安心して戦える。危なくなったら、助けて」


 くそ。今までは冗談で済んでた勘違いも今度ばかりは勝手が違う。命がかかってる。まじで死ぬかもしれない。

 俺が死ぬのはまだいい。どうせ転生者なんだ。けど、サラやセレンには何が何でも生き延びてもらわなくちゃ困る。主に俺の罪悪感的な意味合いでな。


 ドラゴンのぎょろりとした目玉が、セレンを凝視する。その瞳には明確な殺意がこめられていた。野生のモンスターが持つ、純然たる殺意だ。


「いざ」


 セレンが一歩を踏み出す。その両手に青白い光を浮かび上がらせ、攻撃魔法を構築。


「フリジット・ブレイド」


 生み出されたのは一対の双剣。セレンの両手から伸びた二振りの長剣は、あたかも氷のように半透明で、そして粉雪にも見紛う無数の結晶を散らし続けている。


 まさか、接近戦を挑むってのか。あのでかいドラゴン相手に。


「サラ! 援護だ!」


「はいっ! グラウンド・ウォール!」


 迷いなくドラゴンの懐に飛び込んだセレンに、太い尻尾の薙ぎ払いが迫る。その一撃を止めたのは、サラが発動した地表障壁だ。

 これは土木建築にも活用される有名な魔法だ。魔力を大地に染み込ませ、任意の場所を盛り上げて壁にする。固い土はドラゴンの尾によって粉砕されるが、イコールそれは衝撃を吸収したということ。


「でかしたサラ!」


 ドラゴンに生まれた隙を見逃がさず、セレンは無防備な腹部に渾身の二段突きを放った。

 魔力で形成された刃は、しなやかかつ鋭利。そして極めて頑丈だ。固いドラゴンの皮膚さえも、容易く貫いた。


 だが。


「効いているようには見えないな……」


 腹を刺されたドラゴンは特に反応もせず、ギロリとセレンを見下ろした。


「剣が小さすぎるんですよ! もっと大きな武器じゃないと!」


「だそうだセレン!」


 サラのアドバイスに、セレンはしっかりと頷いた。と同時に、彼女の全身が強く発光を始める。


「フリジット・ボム」


 その瞬間、セレンを爆心地として強烈な魔力の爆発が生じた。魔力は極寒の大気となってドラゴンに襲い掛かる。まるで猛吹雪だ。竜巻の形をした吹雪と形容してもいい。


 ここでやっとドラゴンが動いた。鈍い足音を立て、素早く数歩後退る。低い唸り声はちょっと苦しんでいるようにも聞こえる。


 お、これは効いているのでは?

 勝てるかもしれないぞ。


 見ているだけではいられない。セレンの援護をしなければ。

 俺は拳を握り締め、ドラゴンへと接近しようと試みる。


「あっ」


 そこでサラが声をあげた。

 俺も反応できなかった。


「まじかよ……ッ」


 ドラゴンの裂けた口から漏れる業火が、凄まじい勢いでセレンに吐き出されていた。

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