第66話 事故物件じゃねぇか

 門を開いて敷地内に足を踏み入れる。門番が気絶しているだけであることを確認してから、貴族寮の建物を見上げてみる。

 でかいな。大体、転生前の母校である高校の体育館三つ分くらいはある。レンガ造りでおしゃれだし、頑丈そうだ。


「よう来たな。ほれ、中に入るのじゃ」


 入口の壁に背を預けていたアカネが扉を開ける。


「おいアカネ。さっきの門番、何か意味があったのかよ?」


「いや」


 強い声を出したが、アカネの表情はびくともしない。


「あの門番は仕事をしただけじゃよ。操る云々はそこの小娘の勘違いじゃろうて」


「じゃあ、魔力の表情が歪んでるってのはなんだよ?」


「知らんわ。どこぞの貴族の悪ふざけじゃろ。少なくともわらわは関係ない。まぁ、助け舟を出さなかったのは、おぬしらの実力を見てみたかったというのもあるがな」


 やっぱり試してたんじゃないかこの野郎。


「大の男が細かいことを気にするでないわ。女にもてぬぞ」


「うるせぇ」


 アカネは貴族寮のエントランスに入っていく。俺達もそれに続いた。


「ご主人様ご主人様」


「なんだサラ」


「ボクはご主人様のことかっこいいと思ってます」


「ああ?」


「ボクからはちゃんとモテてますから、大丈夫ですよっ」


「……おう」


 そうそう。こういうのだよ。サラのいいところは。

 ぴょんぴょんと跳ねながら言っているのがまことに愛らしい。


 アカネの案内でずんずんと広い廊下を進んでいく。赤い絨毯の敷かれた床は見るからに貴族の屋敷っぽい。シャンデリアとかも天井にかかっている。やばいな。


 俺はきょろきょろしながらアカネを追い、サラは俺の後ろをぴったりとついてくる。


 アイリスはというと、珍しく難しい表情で空色の髪を弄っていた。


「どうした。なにか気になることでも?」


「ええ。すこし」


 俺の質問に、アイリスが頷く。


「先程の門番。おそらくですが……人間じゃありません」


「なんだと?」


 見た感じ人間のおっさんだったけどな。


「あれは人間に見せかけたモンスターです。魔力が歪んでいたのは、そのせいかもしれません」


「モンスターだって? そうは見えなかったけどな」


「我々にはそう見えていた。ということでしょう」


 アイリスの言葉に、アカネがにわかに笑い出した。


「意外と冴えとるのぅ娘っ子。その通り、あれは人間に見せかけたモンスターじゃ。もっと言うならば、ゴースト亡霊ファントムの一種じゃな」


「ゴースト亡霊ファントム?」


 なんだその頭の頭痛が痛いみたいな名前のモンスターは。


「ここはその昔無差別殺人事件があった土地なのじゃ。もう百年も前に建て替えられて忘れ去られておるがな。そのせいか敷地内が半ダンジョン化しておるのじゃ。それで、その類のモンスターが湧いておる」


「そんなの……」


 俺の袖を、サラがぎゅっと掴んだ。


「ホントなんですか?」


「まことじゃ。こんなことで嘘を吐く意味はないわ」


 サラは震えていた。怖がり屋さんだったか。まあ十歳じゃしかたない。

 今夜は一緒に寝てやるとするか。いつも一緒に寝てるけどな。


「しかし……貴族の連中はそんなところに住んでるのか。肝が座ってるってレベルじゃねぇな」


 俺の言葉に、アカネがからからと笑う。


「知っておったら住んだりせんじゃろうて。気付いたものは何も言わずに出て行っておるわ」


 ふーむ。なんというか。魔法学園っておかしなところだな。


「ほれ、ついたぞ。ここがダーメンズ家の部屋じゃ」


 やがて辿り着いた大扉をアカネがノックする。


「若様、ロートスを連れてきましたのじゃ」


「通せ」


 アカネが扉を開き、顎をしゃくって入室を促した。

 そして俺達は、ヒーモと対面する。

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