第65話 倍返しだ

 なにげにまともな戦いは初めてだ。


 俺はクソスキルの集合体と言っても過言ではないが、ここいらで少しは戦えるんだってとこを見せておかないとな。サラとアイリスの手前、主人としての威厳も保つためにも。


「愚かな平民どもが……ワシが冥土へ送ってやるぞ!」


 たかが門番が何を言ってやがる。


「マスター。まずはわたくしが牽制を。敵の隙を作ります」


「アイリス。頼むぞ」


 彼女は口元に微笑みを浮かべて頷くと、ゆったりとした動きで門番の前に歩みを進める。


「最初に死にたいのは貴様か! 女ぁッ!」


 アイリス目掛けて、大斧が振り下ろされる。凄まじい重量だろう。大丈夫なのか?


「おお」


 多少心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。


 力一杯振り下ろされた大斧を、アイリスは片手で楽に止めていた。刃の部分を掌で掴むように受け止めている。


 え、すごい。


「えいっ」


 そしてアイリスは、門番の頬にビンタを打ち込んだ。


「ぶべッ――」


 おかしな声をあげて、門番は華麗にふっとんだ。


 それはもうびっくりするくらいの勢いで。


 きりもみ回転をしながら高く舞い上がり、門を越えて十数メートルほど吹き飛び、地面に叩きつけられて何度かバウンドした。


「おいアイリス……あれ、殺してないよな?」


「もちろんですとも。たぶん」


「えぇ……」


「ご主人様、ボクの魔法で追い打ちをかけますか?」


「やめろ」


 そんなことしたら、ほんとに死んでしまうだろう。俺は人を殺すことなんか望んじゃいない。


「しかしマスター。あの門番はわたくし達の命を奪おうとしてきたのです。殺そうとする者は、自らが返り討ちにあっても文句は言えない。それが世の不文律ではありませんか」


「操られていたとしてもか?」


「それは……」


 アイリスは言い淀む。


 確かに彼女の言うことはもっともだ。この世界において、人を殺そうとするものは逆に殺されたとて仕方ない。身を守るために殺す行為は罪ではないのだ。


 転生前なら過剰防衛ともとられるかもしれないが、この国ではそんな概念はない。


「この場合、俺達の命を狙ったのはアカネということになるんだろうな」


「ご主人様、でもそれじゃあ」


「わかってる」


 普通に考えれば、アカネに対して報復するのが筋ってもんだろう。しかしそれは、ダーメンズ家を敵に回すことになるし、そもそもアカネに敵うとも思えない。

 故にサラとアイリスは、あの門番をどうにかすることで手打ちにしようとしたのだろう。


「この世界のルールがどうであろうと、俺は無益は殺生はしない。やられたらやりかえすなんていうのは、正直クソくらえだ」


 現代日本人的な感覚が根強く残っている俺としては、ハナから人を殺すなんて発想がない。そりゃ無力化するために殴ったりおっぱいを触ったりはするが、さすがに人殺しはどうかと思う。俺の中で譲れない線引きみたいなものが、確かにあるのだ。


「ご主人様……心が広すぎます。ボク、感動しました!」


 なんかサラが目を輝かせているが、そんなに大層な事言ったか?


「このアイリスも感服いたしましたわ。マスターの寛大さには、この王国の誰であろうと及びません」


 大袈裟だ。


「お世辞はいい。それより中に入るぞ。文句の一つくらいは言ってやらないとな」

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