第2話 ハズレの英雄

 何が起こっているのかまだ理解できていないが、俺のことを英雄様と呼んできたローブを着た老人に連れられて怪しい儀式をしていそうな部屋を後にし赤いカーペットが敷かれた綺麗な廊下を歩いていた。


 なんか西洋の豪邸みたいな廊下だな。よくある異世界転生物にある中世のヨーロッパって感じかな?

 まあ、まださっきの部屋とこの廊下しか見てないから他がどんな感じかは全く分からないんだけどね。


 そんなことを考えながら老人の後ろに続いて廊下を進んでいくと老人の足が止まった。

 俺と老人の他にさっきの部屋にいた人たちは着いて来ていなかった。後片付けでもしているのだろう。

 つまり今は俺と老人の2人だけということになる。

 老人はが立ち止まったところには扉があり、その扉を開けながら俺の方に向き直りながら口を開いた。


「どうぞこちらにお入りください」


 俺は老人の指示通りに部屋へと足を踏み入れた。

 俺が部屋に入ったのを確認した老人が後に続いて部屋に入り扉を閉めた。

 部屋にはアンティーク物っぽいテーブルが真ん中にありそれを挟むようにソファが2つ置かれていた。端の方には花瓶に生けられた花があり壁には買いがが飾られていた。


 中世の応接室って感じか?


 部屋を一通り見た感想としてはそんな感じだった。

 さらにその感想を助長するような服装をした男性がテーブルの向こう側に立っておりこちらを見ていた。


 アカデミックドレスってやつだっけ? 海外の大学の卒業式で着てるイメージがあるような服を着て眼鏡をかけた学者風の男性が俺を見て一礼してきた。


「お待ちしておりました。英雄様」


 この人も俺のことを英雄様って呼ぶのかよ。

 どうやらここでは俺は英雄のようだが生憎と皆を救える力なんて持ってないぞ。

 

 そんな風に考えていた俺を余所に老人がソファのところまで行き俺に座るように促してきた。

 とりあえず老人が掌を向けているソファに座ると反対側のソファに老人と学者風の男性が腰を下ろした。


「いきなりのことで混乱しておられるでしょう。まず初めに申し上げておきますがここはあなたがいた世界とは別の世界です」


 …別の世界? めっちゃリアルなゲームじゃないの?

 確かにゲームにしてはリアルすぎるし俺がやってたのはスマホゲームだ。フルダイブ型のゲームではないけど流石にここは異世界ですと言われてもそう簡単には信じられない。

 そんな俺の考えを察したであろう老人がまた口を開いた。


「ここに来たばかりの英雄様は皆最初は信じられないと言った反応をします。しかしこれは現実なのです。信じていただくしか御座いません」


 実際頭のどこかでは理解していたがそれを認めたくなかったがためにここをゲームの中だと思うようにしていたのだろう。しかしこの老人の発言で認めざるを得なくなった。


 ここは異世界だ。


 その異世界に俺は英雄として召喚されたというところだろう。

 ていうか今の老人の言い方からすると俺以外にも英雄はいるのか?

 そこのところを老人に聞いてみる。


「俺の他にも英雄はいるんですか?」

「はい。その通りで御座います。英雄様は英雄召喚ガチャによってこの世界に来られますが、英雄召喚ガチャは1年に1回引くことが出来るのです」


 なるほど。なら英雄ってめっちゃ多いんじゃね?

 だって来年にはまた英雄が1人増えるってことになるし。

 そもそもそんなにたくさんいたら英雄って言えなくないか。

 そして俺には気になった点がもう1つあった。


「…英雄召喚ガチャ?」


 つまり俺はガチャで排出された英雄ってことか。

 そういえばガチャの世界とか言っていた気がする…。


「この世界にはいたるところにガチャが存在し、そのガチャは我々の常識を超える奇跡さえ起こすことが可能です。その力を使ってあなた様を英雄様としてこの世界に召喚したのです」


 この世界のいたるところにガチャがある! 最高じゃないか!

 ここでようやく最初にスマホの画面に表示してあった文章について理解することが出来た。

 ガチャの世界とかガチャに全てを懸けるっていうのは俺自身がガチャの世界に来るということだったのか。


「何となくは理解しました。それで俺はこの世界で何をすればいいんですか?」


 俺の今の状況については分かったが結局何をすればいいか分からないためこの老人に聞いてみることにした。

 魔王の討伐とか? 災厄からこの世界を救うとか?

 俺にそんなこと求められても困るが何人も英雄を召喚するということはさぞ困難なことに立ち向かうのだろう。

 しかしそんな俺の予想とは違った答えが老人から返ってきた。


「我が国では『武闘競技祭ストラグル』と呼ばれる他の都市との対抗戦のようなものがあるのです。その『武闘競技祭』で我が都市を勝利に導いていただきたいのです」


 対抗戦ですか。異世界ならではの力を使った格闘技的なやつなのかな。

 もうちょっと詳しく聞いておきたいところだったが老人はさらに続ける。


「英雄様にはこの後この街にある王立の学校に入学していただきます。そこで詳しい説明をお聞きください」


 俺は学校に通わされるのか。異世界の学校とかいうファンタジー感満載なところには確かに興味はあるが強制的に入学ってのはちょっと気に入らないかな。

 この世界にあるっていうガチャを引きに行きたいのに学校に通ってたら引けないじゃん。

 とはいえこの世界のことを何も知らないのでここで無理矢理脱走するのはリスクが高すぎる。

 ここはこの老人たちの言うことにしたがった方がいいだろう。


「英雄様がこの世界に来られる直前にガチャを引いたと思うのですが、そこで当てられたものを見せていただけないでしょうか?」


 直前に引いたガチャ? もしかして3つの内から1つを選んで引いてやつか? それで当たったものなら…。

 俺はそっと目線を自分の右手に落とした。

 そういえばずっと握ったままだったな。

 そんな風に考えながらそっと握られていた右手を開いた。

 そこにはさっき青のガチャを引いた時にゲットした小さな赤い石があった。


「詳しく見せていただけますか?」


 今までずっと黙っていた学者風の男性が口を開いて手を差し出してきた。

 俺は言う通りに男性に赤い石を渡すと、彼は目の近くまで石を持っていき空いたもう片方の手で眼鏡を掴んでまじまじと石を見ていた。

 何をしているのか分からない俺に老人が学者風の男性について説明してくれた。


「彼は鑑定士で御座います。彼は見た物がどのような物でどのような力が宿っているのかが分かるのです」


 つまり俺がガチャで当てた石にどんな力があるのかを見ているということなのか。

 異世界に来て最初に手にしたのが伝説の武器で無双するみたいなのがお決まりだろうけど俺にはどんな力があるんだろうか。

 ガチャで何が当たったのか気になって仕方がない。

 頼む。早く聞かせてくれ。

 そんな願いが通じたのか鑑定士の男性が口を開いた。


「こ、これは!?」


 鑑定士が石を見て驚いた反応をした。

 俺が引いた青のガチャはかなり低い確率で物凄く強力な物が排出されるって書いてあったし、その当たりを引いたのかな?

 強力すぎるアイテムで今までのどの英雄よりもレアだからつい驚いたとかいう異世界物にありがちな展開で俺が無双するみたいな想像が俺の頭の中を支配してしまいそうになるくらいには赤い石に期待していたりする。


「どのような物ですかな?」


 赤い石について気になるのは俺だけではないようで老人も鑑定士の方に視線を向けながらそう質問していた。

 鑑定士は詳しく見ていた赤い石をそっとテーブルの上に置いて「ふうっ」と1度深呼吸をしてから俺と老人の2人の気持ちに答えるように口を開いた。


「これは…、ただのアクセサリーです」


 ………ん? 

 めっちゃ強いアイテムとかじゃないの?

 俺はガチャでハズレを引いたってことですか?


 理解が追いつかない俺はとりあえず2人の反応を窺うように少し下を向きつつそっと顔を覗いてみた。

 そしたら鑑定士は目をつむってゆっくりと首を振っていた。老人は腕を組んで何やら考え込んでいるようだった。

 しかし2人の反応を見ては納得するしかなかった。


 俺はハズレを引いたのだ。


 まあガチャなのだからハズレを引くことだってあるだろう。

 問題は俺が英雄としてこの世界に召喚されたということだ。アクセサリー1つしか持っていない英雄に一体何ができるというのだ。

 …なんか、すみません。

 謝ることしか出来ない俺だが口を開くのも思いやられる程重い空気が流れていたためとりあえず心の中で謝っておくことにする。


 そして重い空気に包まれたこの部屋の静寂を切り裂くように老人が口を開いた。


「まあこういう事もたまにはあるでしょう。英雄様に罪はありません」


 確かに老人の言うように俺を責められても困ってしまう。

 とりあえず謝るくらいしかできないし、そもそも勝手に召喚されて勝手に期待されてもという思いさえ浮かんでくる。


「来年に期待しましょう」


 老人に続いて鑑定士も口を開いた。

 そういえば1年に1回英雄は召喚できるとさっき言っていたし今年はハズレを引いたってことで来年にまた期待してくれ。


 これ以上俺みたいなハズレに時間を割いても無駄ってことなのかは分からないが老人は立ち上がり扉の方へと歩いていくと静かに扉を開けた。


「さあ英雄様、こちらへ」


 本人にその気があるのかは知らないが俺がハズレだってわかった瞬間用無しだと判断したようにも見えてしまう。

 まあそれも仕方ないかと思い俺はテーブルの上に置いてある赤い石を手に取って扉の方へと歩いていく。

 老人は内心はどうだか知らないが表情や態度は最初から今に至るまで無といった感じだったが鑑定士はいかにも残念そうにしている。

 せめて本人の前では隠そうよ。

 そんな風に思いながら部屋を後にした。


「先程も説明しました通り英雄様にはこの街にある王立の学校に通っていただきます。早速のことで申し訳ありまあせんが今から学園長に会っていただきます」


 さっきも通った廊下を今度はさっきとは逆方向に歩きながら老人がそう説明してきた。

 たしかに急ではあるがどうせ俺に拒否権はないのだ。これにも従うしかない。


 廊下を進んでいくとすぐに階段が見えてきた。そこを上っていくと上の方はかなり明るかった。

 今までずっと外の光が入ってこないところにいたから分からなかったけどまだ外は明るい時間帯のようだ。

 そして上の階にでるとそこには窓がありそこから外の景色を見ることが出来た。

 ここでやっと気づいたけど俺達今まで地下にいたんだね。


 窓の他には入口の扉から通路が続いておりその通路を挟むように長椅子が並んでいる。さらに通路の先には教壇のようなものが置かれている。おそらくここは教会なのだろう。

 生まれてこの方教会の中に入ったことが無かったので色々と物珍しくて装飾などを見ていると入口の扉が開いておりその外に鎧を身に纏った兵隊が並んでいるのが目についた。


 老人はその兵隊たちのほうへと向かって歩き出したので俺もそれに着いていく。

 外に出ると俺が元居た世界とと同じでかなり暑かった。

 季節は日本と同じなのかな?

 ていうかこんな暑い中ご苦労様です。

 教会の前に並んだ兵隊を見てそんな思いが浮かんできた。


 教会の前の道には白い馬車が停車してあり、教会から馬車までの道を囲むように右側と左側に兵隊が並んでいる。

 まるで国賓待遇されているみたいだ。俺ハズレなんだけどね。ごめんね。


 馬車までの道を進んでいき馬車の目の前に着くと一番手前にいた兵隊が馬車の扉を開けた。


「どうぞお乗りください」


 俺はゆっくりと足を上げて馬車に乗り込んだ。俺が馬車の中にある椅子に座ると老人も乗り込んできた。

 教会の中も初めてだったけど馬車に乗るのも初めてだ。

 もちろん異世界に来るのも初めてだ。

 今日は初めてづくしだななどと考えていたら扉が閉められ馬車が動き出した。


 これからどんな生活が待っているのだろう。

 小窓から外を眺めつつそんな風に思いを馳せる俺だった。


 ガチャの世界。ハズレの英雄。

 例え周りにどう思われてようがガチャを引くためなら何でもしてやる。

 俺は静かに心の中で闘志を燃やしていた。

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