第3話 少女・レニ
レディスト王国の国境の近くに、ヴェルシュナーという町がある。ブロデアとレディストを行き来するにはいくつかの街道があるが、そのうちの一つがヴェルシュナーを通っていた。
両国を往来する旅人や商人の多くがヴェルシュナーを訪れる土地柄のため、宿屋や酒場が多い。
特産がヴェルシュナービールということもあり、酒場が毎日のように地元の人たちや旅人たちで賑わっている。まだ夕方にもなっていないのだが、酒場に人が吸い込まれていく。
そんなヴェルシュナーの酒場の一軒である「ビールと蜂蜜亭」には、一人の看板娘が働いていた。レニという名のその少女は、つい最近十六歳になったばかりであった。
「お待たせしました」
ディアンドルを着ているレニは爽やかな笑顔を浮かべていたが、片手で五個の木製ジョッキを軽々とテーブルに運んでいた。
「ヴェルシュナービールが五つと、蜂蜜入りが五つね」
レニはオーダーを間違えることなく、各テーブルへと的確に酒や料理を運んでいく。どんなに忙しくても、どんなに複雑な注文をされたとしても、決して間違えることはない。
そして、ビールと蜂蜜亭に来る客……特に男性客の一番の目当ては、彼女の容姿にあった。
レニの容姿は、酒場の看板娘には不釣り合いであり、酒に酔った男でさえ彼女を見たら酔いが醒めてしまうほどであった。目鼻立ちが整っているだけではなく、この辺りの地方の住民には珍しい黒髪が、よりレニの存在を際だたせている。艶のある長い髪は、まるで絹糸のようにしなやかで、男女問わず羨望の眼差しを受けていた。
しかし、レニ自身に浮いた話がないため、みんな不思議に思っていた。彼女の容姿なら、求婚されたことだって一度や二度ではないはずである。変だとは思いながらも、ヴェルシュナーの人たちはレニがいてくれることを素直に喜んでいた。
十個のジョッキを運び終えると、今度は料理を抱えてテーブルへ向かう。
客の中には、両手が塞がっているレニの尻を撫でようと手を伸ばしてくる客もいる。しかし、レニは迫ってくる手をひらりとかわし、スカートでさえ触れさせようとしない。いかに死角から手を伸ばそうとしても、結果は変わらない。「レニの背中には目がついている」とさえ言われるほど、下心を持っている男たちに不思議がられていた。
料理を運び終わると、店主から「親父さん、来てるよ」と言われ、レニは店の隅にあるテーブルを見ると、そこにはレニの父親が一人で座っていた。
レニの父は、ヴェルシュナーでも変わった人物として知られている。レニは町の外れにある家に父親と二人で暮らしている。しかし、父親は仕事らしい仕事はしておらず、自宅の小屋に籠もっているが、ブロデア産のいいソーセージが入荷した時には、こうして酒場で一人で飲んでいるのだ。
家が貧しいわけではなく、貯蓄があるのかレニの知らない収入があるのか、それなりに暮らしていられる。レニが酒場で働いているのも、家計を助けるためではなく、たまたま人手が足りない酒場を助けたことがきっかけだった。
「ソーセージの入荷が匂いで分かるのかね」
「もう、パパったら……」
「でも、最近はブロデアの情勢があんまり良くないからね……これまでみたいにはいかなくなるかもなぁ」
近頃はブロデアから行商人がかなり減っているのは、レニも気付いていた。
「ホント……これからどうなっちゃうんですかね」
何気なく、レニがそう呟いた時であった。店の外から悲鳴が聞こえる。
レニは反射的に店の外に飛び出す。
町の外から、褐色のメックが近付いていた。
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