第24話 異世界の勇者はキス魔らしい

 オークたちが一定の距離に近づくとカイとGさんは迎え撃つべく前に出た。たがGさんはそのまま前へと進んでいく。


 Gさんはそのままオークの群れに突っ込んで行く。擦れ違いざまに次々とオークを切り倒していく。それは世に言う一騎駆けである。まるで流れる様に次々と切り倒すその姿は、美しくもありながら激しいものだった。Gさんはアッと言う間に、敵の返り血で真っ赤に染まっていく。


 Gさんはオークの群れの中央近くまで既に進んでいるが、その勢いは落ちる様子はなく、むしろ、勢いを増しているようにさえ思えた。


 それを見たカイは驚き、


「あの爺さんまんま行く気か? 単独中央突破かよ!」

「あははっ、派手っスね。まんま行く気みたいっスね」


 テルは他人事の様に言っている。


「流石は主殿の盟友ですな! 老いても尚あの闘気とは、いやいや感服するばかりですな。私もああ在りたいものです」


 ダニエルはそう言うが既に死んでいてスケルトンであり、永遠にそんな日は来ないのだ。誰も突っ込まない所に直人たちの優しさが垣間見える瞬間だった。


 オークの集団の中央にはオークの死体で道ができ、オークたちも流石に無視できなくなったのだろう。オークたちの進行が止まった。Gさんの左右を通り過ぎ、直人たちに向っていたオークたちは、仲間たちの危機に気づくと反転し、Gさんに向かう。


 直人たちは反転して背を見せるオークたち。それを見て、チャンスと思った直人は、


「カイ、テル、チャンスだ。攻めるぞ。ダニエルには俺の護衛を任せる。双子は俺の傍から離れるなよ」


 それを聞いたカイとテルはニヤリと、了解の意を込めて笑い、


「OKだ」

「了解っス」


ダニエルは嬉しそうに直人の前に立ち、


「必ずやお守り致します主殿!」


 この時、ダニエルは酔っていた。酒にではなく自分にである。ダニエルはカイの話を聞いた時から、彼の中では既に直人は若き名君という設定になっているのだ。


その直人に護衛を頼まれたこの時、ダニエルの中の直人は妄想と美化によって、現実とは全く違うものとなっていた。


 そこには若き王の姿があった。王は周りにいる重臣たちと共に目の前の戦場を見つめる。そこにはオークの大軍と勇猛に戦う老将の姿がある。しかし戦力は老将の方が圧倒的に不利な状況であった。そんな家臣の姿を、王は眉ひとつ動かす事無く真剣な表情で見つめる。


 だが若き王は決して冷徹な訳ではない。その拳は強く握り絞められ、時折り震えていた。


 聡明な王は心を殺し、時を待っているのだ。そう、戦には時があるのだ。聡明な若き王はそれを心得ているのだ。


 そして時は満ちる。老将の策が成功しオークの大軍が浮足立つと、王は高らかに、


「カイ将軍、テル将軍、時は来た。攻めるぞ。ダニエル卿は我の護衛を任せる。ノア、ロキ、我に続け」


とダニエルの中では変換されているのだった。


 直人たちは、背を向けたオークたちに襲い掛かる。カイは剣と魔法を使いながらオークの数を次々と減らしていく。テルは機動力を活かし遊撃している。ダガーの二刀流でヒットアンドアウェイを繰り返しながら、距離が開くと投擲スキルを活かし、ナイフを投げるといった戦い方だ。直人はいつも通りの中距離からの魔法戦をしている。そんな中でも強化の魔法を切らす事無くかけ続けるところは、流石は直人と言ったところであろう。


 直人たちが戦線に加わるとオークの群れはあっさりと瓦解した。側近たちと逃げ出し始める黒いオーク。それを見たGさんは鬼の形相で、


「将が逃げるとは何事じゃ! その精神もろ共叩き斬ってくれるわ!」


 オークの血で染まり赤鬼と化したGさんに追われ、全力で逃げ始める黒いオークたちその体格で仲間たちを押しのける姿はリーダーらしからぬ姿であった。



 一方その頃テルはというと、順調にオーク狩りを続けていた。


 この時のテルは普段からは考えられない程、素晴らしい動きをしていた。因果回避を使いながらのヒットアンドアウェイで、距離を離せば投げナイフという、機動力を活かした戦い方は絶妙なものだった。


 元々エリュシオンでもこの戦い方をしていたという事もあり、その戦法は完成度が高い。それに加え因果回避を得た事で、今のテルにとってオークは敵ではなかった。


 故にこの時のテルは輝いていた。ダガー二刀流で、黒ベースの服装に幾つもの投げナイフ収納用のベルト巻いている。上着に羽織るベストは時折なびいている。そんな服装でオークたちを難なく狩り続ける姿は、手練れのレンジャーそのものである。


 そんな自分の輝きに気づかないテルではない。(いや~チョロイっスね。異世界に来てからはゴブリンに噛まれたり、ガラの悪い奴に殴られたり、散々だったっスけど、今の俺はイケてるっス! 俺の異世界生活はこれからっス!)などと考えていた。


 テルは近くの敵を倒し終え、戦いの余韻に浸りカッコよく立ち、次はどう動くか考える。逃げ始めた敵を狙うか、未だ戦意を失わないオークを倒すべきか。辺りを見渡すとテルは、オークの集団が自分に目掛けて凄い勢いで走って来ることに気づく。


(えっ、近くねえっスか?)


 それはGさんに追われる、黒いオークと側近たちだった。


 彼らは余程Gさんが恐ろしいのだろう、砂ぼこりを巻き上げながら全力で走っている。その巨体さゆえに集団で走るその光景は大迫力で地響きが聞こえてきそうであった。


 テルはそのあまりの光景に驚き止まってしまう。(ちょっ、なんスかなんスか)この時の事を後にテルは「アメフト選手が大量に自分を目掛けて突っ込んで来るんスよ。怖いっスよね? 怖いっスよね!? だから足が竦んでもしかたないんすよ!俺は悪くないっス!」と語った。


 目の前に迫るオークたち、この時テルは運が悪い事に5分に一度任意で使える因果回避を使ったばかりであった。因果回避は一度使うと、5 分間は二分の一の確率でしか回避できなくなる。そう確率は二分の一だった。


「へぶっ」


 テルは先頭のオークにはねられ宙を舞った。テルのはねられる瞬間を見たダニエルが叫ぶ。


「テル殿ー!」


 テルは宙を舞い落ちるところを、さらに後続のオークに弾き飛ばされた。ダニエルが叫んだ事で、直人たち全員がテルの方に注目した事で皆がそれを見てしまう。


 テルは体の力が抜け、変な体制で地面へ落ちて動かない。それを見た直人たちはテルの方へ駆け寄る。そんな中Gさんだけは、


「おのれぇ、敵前逃亡のあげくテルをはねおって。成敗してくれるわ」


と、言いながら黒いオークたちを追っていく。


 テルの元に一番最初に辿り着いたのは、ダニエルだった。カイはテルの近くまで来ると周りのオークたちを牽制し、テルの元へオークたちが行かぬ様にカバーに回っていた。


 ダニエルはテルを抱きかかえ呼びかける。


「テル殿、しっかりするんだ! 気を確かに」


 しかしこの時のテルの目は焦点が合わず、意識もはっきりとせずにぼんやりとしている。傍で見ていた直人は、日本での知識から脳震盪ではないのかと当たりをつける。(不味いな。脳震盪なら回復に時間がかかる。どうするか?)


 オークの群れは瓦解したとはいえ、未だ戦意を失っていない奴も多い。


 このメンバーならテルを守る事は十分可能と言える。だがそうなれば戦意を失ったオークたちに逃げられる事になり、拡散したオークたちによる被害を、広範囲で出してしまう事になるだろう。


 そうなれれば悪くて責任追及からの賠償、又は投獄。良くても、周りからの冷たい視線は免れないであろう。今後の事を考えればそれは愚策と言えよう。しかしテルを守らないという選択肢を取りたくない直人は悩んでいた。


 直人が悩んでいると、ダニエルがぼそぼそと呟く。


「もはや迷っている場合ではない。今は行動すべきだ」


 ダニエルの呟きを聞き、直人は(何を言っているんだこいつは?)と思いながら様子を窺う。するとダニエルは何かの覚悟ができたのだろう。ダニエルは深く息を吸う様な動作し唱えた。


「マウス・トゥー・マウス!」


 直人はそれを聞き、自分の耳を疑った。(はあ? 今なんて言った?)直人はダニエルを凝視する。ダニエルは唱えると同時にテルの顔に近づいていき、そのままテルに口付けをした。


 口付けされると、ボーッとしていたテルの目は大きく見開かれ、


「ん!ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ー――」


 ダニエルの腕の中から逃げ出そうと、もがくテル。だが脳震盪を起こしている為、力が入らずにダニエルのキスから逃げれず、その間もテルの声にならない悲鳴が続く。


 ダニエルにいい様にやられるテルを見た直人は、(惨い、惨過ぎる)直視してられずそっと目を反らした。


双子もこれには驚いていた。


「なあ、姉さん。あれ、何やってんだ?」


 ロキには未知の世界だったのだろう。心底不思議そうにノアに尋ねる。尋ねられたノアは頬を染めながら恥ずかしそうに、


「知らないわよ! てか、あんた見すぎよ」


 カイにもそんなノアの声が聞こえる。しかしカイは敵を牽制しているため、状況が分からないカイが、


「おめえら何やってんだ。テルは回復したのか」


と、言い振り返ると、カイは言葉を失い、大きく目を見開き、


「……なにやってんの?」


 カイはキョトンとして、珍しく間の抜けた声であった。


「いや、マウス・トゥー・マウスですが、ご存じないのですか?」


 ダニエルは、えっ知らないの? っというような、ニュアンスで言うが、直人とカイの二人は、知っているからこそ、余計に分からないのだ。


 そもそもマウス・トゥー・マウスとは、心肺停止や無呼吸の相手にするものと言うのが二人の認識である。だがダニエルは脳震盪で昏倒しているテルに、それをしているのだ。さらに分からないのは、ダニエルがしているという事だ。


 二人は思う、(ダニエル、お前は息してないだろう!)そうマウス・トゥー・マウスとは相手に息を吹き込む事で、スケルトンのダニエルには不可能なのだ。


 心の中ではそう思いながらも直人は確認の為に尋ねる。


「ダニエル、それは何なんだ?」

「ご存じないのですね。では、このダニエルが説明致しましょう」


 ダニエルの説明は、この世界で有名な異世界の勇者トッシーの話で、幾度となくピンチに陥った際にマウス・トゥー・マウスにより窮地を乗り越えていったというものだった。


 彼曰く、異世界人はマウス・トゥー・マウスにより、傷を癒す事ができ、さらには驚くべき力を発揮するのだと。


 事実、魔王が親征してきた際も勇者トッシーは聖女様と共に真っ先に駆け付け戦った。幾度となくピンチに陥るもその度に仲間(女性)たちによるマウス・トゥー・マウスにより乗り越えたと戦い続けた言う。


 しかし魔王軍の勢いは凄まじく、徐々に追い込まれていく。そんな窮地に、神に使えていると言う理由で拒んでいた聖女様が、やむなくマウス・トゥー・マウスをするとトッシーは凄まじい力を発揮し、魔王軍を撤退させる事に成功したとの事だった。


 直人とカイは嫌な予感がしてダニエルに尋ねると。やはりと言うべきか相手は女性ばかりであった。そもそもトッシーは女性としかパーティーを組む事はないらしいのだ。


 それを聞き、呆れながら二人は気づく。(只のキス魔じゃねえか!異世界で何やってんだよ。お前のせいで要らん犠牲が出たじゃねえか!)二人が辿り着いた答えは、どうしようもない異世界人が勇者になり、ピンチを装って女性にキスを迫っていたと言う残念な事だった。


 説明を聞き終えると、カイは真剣な表情でダニエルに、


「絶対に俺にはするなよ!」


と、強い口調で言う。それは半ば脅しの様であった。ダニエルはカイに強い口調で言われ、なぜ強く言われているか理解できない様子を見せるも、


「しょ、承知いたしました」


 ダニエルが了承すると、直人もここで言っておかなければ思ったのだろう。


「カイ、それは違うぞ。そこは俺ではなく、俺たちだろう」


 直人に言われ、カイは思い出したように、


「あぁ、そうだったな」


 そんな二人のやり取りを理解できず、不思議そうにしているダニエルに、直人は気づくと、


「ダニエル、俺たちはトッシーとは別の異世界人なんだ。だからマウス・トゥー・マウスの効果はないのだよ。それ故に不要なんだよ」


 直人が尤もらしい説明をすると、


「なるほど、そうゆう事でしたか。以後、気をつけると致しましょう」


 ダニエルが納得すると直人とカイの二人は、安心するのだった。安心するとカイは放心状態のテルに声をかける。


「いつまで寝てるんだ、いい加減起きろよ。このままじゃオークたちに逃げられちまうだろうが」


 そう言いテルに回復魔法のリカバリーをかけた。かけるとテルの体が黄色く光り傷は癒えたが、テルの表情は癒されなかった。回復魔法は傷を癒すもので心の傷を癒すことはないのだ。


 体が回復しても立とうとしないテルにカイが、


「このままじゃ逃げたオークたちが周りの者たちを襲う可能性があるんだ。分かるよなテル。俺は逃げたオークを追うからな、直人の事は任せるぞ。いいな」


 そう言われテルは渋々といった感じで、


「了解っス」


 それを聞くとカイは逃げたオークたちを追って走り出した。走るその速度は元の世界では考えられない速度であり、あれならばすぐに追いつけるだろうと直人は思った。


 カイがいなくなると直人はテルに、


「大丈夫かテル」

「大丈夫じゃないっス。汚れてしまったっスよ」


 テルの発言にダニエルが、


「失礼な!このダニエル、スケルトンとなった今でも、毎日歯は磨いておりますぞ」


 この的外れな発言に直人は苦笑いを浮かべながら(そっちなのか~)心の中でツッコんでいた。テルに至っては乾いた笑いを零していた。

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