第2話 異世界の歓迎はゴブリンから
魔法陣のまばゆい光が消えると、いきなり神秘的な森が、直人の目の前には広がっていた。直人は目の前の大自然に目を奪われて感動の余り立ち尽くして……というわけでもなく、ただ直前に起きたあまりの急展開に、思考が追いつかずポカーンとしているのだった。
直人はとりあえず、現状について考えた。そして導き出された結論は
「これは悪い夢だ、夢に違いない」
そう言うと自分の頬をつねった。
「いたい……ふふふっ、フハハハハハッ」
狂ったようにひとしきり笑い終えると、真剣な表情を浮かべ大きく目を見開き
「あっ有り得ない……夢ではないだと」
直人は絶望しそうになって考える。(あれ? 俺そんなにあの世界に未練があったか?家族友人たちとの別れは辛いが、それ以外はあまり問題はないな。あの天使の様な男が言っていた。ここはゲームに酷似している世界だと。考えようによってはそう悪くもないかな?)と直人は思い始めていた。
するとどうだろう、先ほどまでは目にも入らなかった森の美しさなどに気づく余裕もでてきていた。直人は大自然の美しさに目を奪われる。
「なんて美しいんだ」
その景色に暫く見とれていると、奥の方から水の流れる音がすることに気が付いた。直人は音のする方へと歩いて行った。少し歩くと、澄んだ水の美しい小川が流れていた。
直人は飲めるかな?などと考えながら小川へ近づいて、両手いっぱいに水を掬い口へと運ぶ。うまい。すると川向こうの茂みから音が聞こえ、そちらに目をやると、何かいる。黒い何かだ。……ソイツと、目があった。
ソイツはゲームに出てくるゴブリンによく似ていた。というか、そいつはゴブリンなのだが、この世界に来たばかりの直人は考える。(何だこいつは、こいつはゴブリンなのか? いや待て、原住民の可能性もある、ある、のか?)と、考えているとソイツはニコっと満面の笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
笑っている。(危険じゃないのか? よく見れば愛嬌のある顔をしている様な気がする…見た目はちょっとアレだがいい奴かも? うん、きっとそうだ!)と、思い込むことにした直人は、ゴブリンに声をかけるというとんでもない行動に出たのだった。
「こ、こんにちはー……」
日本語が通じるのかわからないが、とりあえず挨拶をしてみる直人。
しかし、相手はゴブリンなのだ、当然通じるはずもない。言葉には反応せずニコニコしたままジャブジャブと川を渡ってくる。
ゴブリンは笑顔のまま近づいてきて……いきなり手に持っていた棍棒を直人に振り下ろす。(思い込みは所詮思い込みだった!)咄嗟に直人は身をよじる。だが、掠ってしまい額に血が滲んだ。直人はなりふり構わず全力ダッシュで逃げだす。するとゴブリンは
「ゴブゥゥゥゥ!!!」
という声を上げ直人を追いかけ始めた。後ろから聞こえる足音に、直人は走りながら振り返ると、さっきとは打って変わって、鬼の様な形相のゴブリンが棍棒を振り回しながら迫っていた。
後ろを振り向きながら走っていたのが不味かった。直人は木の根につまずいて転んでしまう。
「っう! くっそ!」
ゴブリンとの距離を確認するために直人は振り返ると、もうすぐそこまで迫っていた。(ヤバい、どうする、戦うか? 逃げるか? ……いや待て、俺の中には戦える力があるはずだ!)天使との会話を思い出しつつ直人は確信する。
確信した直人は、堂々と立ち上がった。その表情はどや顔である。その自信に満ちた態度からなのか、ゴブリンは立ち止まった。
直人の心の奥底から、いわゆる中二病と呼ばれる衝動が湧き起こった。それは若い頃の尊大な情熱。あたかも、自分が全能の神にでもなったかのような万能感。
「ほほぅ~、本能は正直だな。どちらが強者でどちらが弱者か、気づいたようだな。ま、手遅れだがな!」
直人がゴブリンに向かって手をかざし
「黒より黒く闇より黒き漆黒の眷属達よ我が名に従い顕現せよッ!」
ゴブリンは警戒して身構えている……しかし何も起きない。
「……ですよね~いや、わかってたけどね?」
慌てている直人の姿を見て、ゴブリンはあきれ始め、棍棒を持ち直し再度直人との距離を詰めてくる。直人はそれらしい呪文を考える。すると、好きだったアニメのセリフが思い浮かんできた。
「いでよ青龍そして願いを叶えたまえ!!」
……しかし何も起きない。そんな直人の姿を見てゴブリンは呆れた様な顔をしながら棍棒を振り上げる。そんな状況に焦り直人は叫んだ。
「ふざけんな! 召喚魔法ってなんだよッ!!!」
すると、直人の右手が光りだす。その手に温もり? エネルギー? 確かな手ごたえを感じる。(間違いなく最強のカードを引き当てた!)そう確信する直人。次の瞬間、眩い閃光が直人の手を包み込んだ。閃光が止むと、手の中には
「――え? これ、スマホ……」
直人は手の中のものを見て驚いた(え、この状況でスマホ? ……どうなってるんだ?)唖然としている直人だったがゴブリンが動く気配を察し、そちらに目を向けるとゴブリンの棍棒が目の前まで迫ってきていた。咄嗟の事に左手で身体を庇いながら避けようとしたが、直人の左腕を衝撃が襲った。
「ぃっつ」
その痛みで直人の手からスマホが滑り落ちた。すると、地面に魔法陣が輝きだした。
「ゴ、ゴブ……?」
「今度はいったい何なんだ!? 何が起きているんだ?」
魔法陣の輝きが消えるとそこには、男が立っていた。その背中は、あまりに大きく、頼もしく……はなかった。その男は、見覚えのあるルックス、茶髪できゃしゃな男が立っていた。男は、のけぞり、
「えっえ! なんスか!」
男は目の前のゴブリンに驚き逃げようとして振り返って、直人とぶつかった。
「いたっ! 痛いっス――」
「テ、テル?」
「せっ先輩!? 生きてたんっスか!? てかここどこっスか!?」
「異世界だよ! お前どこから――あぶねッ!」
テルの背後にゴブリンが見え、直人はテルを突き飛ばす。咄嗟に突き飛ばしたが、それがまずかった。テルはゴブリンの方へ飛んでいった、ゴブリンは突然飛んでくるテルに反応できず、テルの下敷きになって棍棒をおとしてしまう。
「あ、ごめん」
「何するんッスか! ひどいッス――痛いッス!」
見るとゴブリンがテルの肩に噛みついている。テルは飛び起きるが、ゴブリンがしっかりとしがみついており振り落とす事が出来ない。
「ちょっイタタタタっ! せんぱっ!! 助けてっ!!」
直人が急いで辺りを見渡すと、ゴブリンが落とした棍棒が目に入る。その棍棒を拾い、ゴブリンの後頭部を殴る、その衝撃に耐えきれずテルはゴブリンをのせたまま鈍い音と共に倒れこんだ。
「へブッ」
ゴブリンはそれでも離れない。
直人はゴブリンの後頭部を目掛けて棍棒を振り下ろした。ボキィと音をたてゴブリンは動かなくなった。直人はテルの上に乗っているゴブリンを引き剥がし、テルへと声を掛けた。
「テル大丈夫か?」
「大丈夫に見えるッスか! 全然大丈夫じゃないッスよ! 痛いし、何か変な臭いがするッス!」
そこで、直人がテルを見ると、背中が派手に汚れているのが見えた。先程倒したばかりのゴブリンの体液だろう。
「とりあえず向こうに小川あったから、そこで体洗ったほうがいいんじゃない? 怪我もしてるし」
「誰のせいだと思ってるんすか! だ・れ・の!」
「あはは、ごめん」
直人たちは汚れを落とすために小川へと向かう。
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