2. 好きの気持ちの難しさ

「―――と、いうわけなんです」


 四人で何ができるか考えて、出した答えのためにとある人と話をしにきていた。

 十月末の集まりから時間が空き、二つのラジオの運営会社である"フィオーレスタイル"のイベント関連で再び四人揃ったのが今日になる。

 スケジュールはわかっていたので、事前に連絡を入れておいた千導せんどう鮎夢あゆむさんにお願いをする。説明は言いだしっぺの花絵ちゃんにしてもらった。


「なる、ほど」


 花絵ちゃんの力説を聞き、困惑しながらもゆっくりと頷く。

 鮎夢さんもあたしたちと同じく"フィオーレスタイル"のラジオ番組でパーソナリティーを務める一人なので、それなりに接点はある。"あおさき"よりもラジオとしては先輩で、最初はあたしも知宵もイベントのことを聞いたりとお世話になった。当然花絵ちゃんや智美もお世話になっているわけで、みんなの大先輩みたいな立ち位置になっている。

 ちなみに、鮎夢さんは女性。背は知宵より少し高く髪型はショートかベリーショート。とにかく短い。顔立ちがスッと整って中性的で、男装の麗人とかそんな風に言われるような人。女性ファンがめちゃくちゃ多いとか聞いたことがある。


「つまり、私には日結花ちゃんの彼氏役をやってほしいと、そういうことかな?」

「はい」


 苦笑しながら問いかけてくる鮎夢さんに頷いて答えた。

 話し方すら男の人っぽく、なおかつ声質もかっこいい系なので男子役も多いらしい。

 そう、鮎夢さんがさらりと言ってしまったけれど、あたしたちが考えたのは"そういう話"。


「そうだね。わざわざお願いしに来てくれたことだし、私も演じてあげるのはいいんだけど」


 そこで一度言葉を区切って、考えるように目を閉じてから数秒。


「一つだけ聞きたいんだ。その藍崎さんのこと、日結花ちゃんは好きなんだよね?」


 どうしてか、ひどく真剣な瞳であたしに聞いてくる。

 当たり前の質問なのに、自分の心が揺れている。わかり切っている答えだというのに、何かが蓋をするように口が重たく感じた。重苦しい気持ちを強引に振り切って、ぎゅっと瞬きをしてから口を開く。


「はい。大好きです」


 言ってしまえばそれだけのこと。先ほどまでの苦しさがなんでもないかのように気持ちが軽くなった。

 ちゃんと、好きだから。好きなのに、思い浮かぶ表情一つとっても好きで好きでしょうがないくらい好きなのに、どうしてあたしは――。


「そっか。ふふ、なら安心だ。いいよ。私でよければその役目、引き受けさせていただこうかな」


 あたしの答えを聞いて納得してくれたのか、先ほどまでの真剣な表情が嘘だったのかのように軽やかな笑顔を浮かべた。


「ふっふっふ、やりましたね。これで後は決行するだけですよ」

「そうだねー。まあ、問題が起きたら起きたで全部花ちゃんがどうにかしてくれるからいいかな」

「え、な、なななんですかそれ!?」

「え?なにって?そのまんま?」

「そんなぽけっとした顔しないでくださいよ!」

「あははは、君たちは相変わらずだなぁ。よしよし、何かあったら私も手伝ってあげよう。ま、そう簡単に失敗なんてするとは思えないけどね。ところで、私はどんな性格でいけばいいんだい?」

「「え…そ、そのままでいいと思います」」


 きゃーきゃーする鮎夢さんプラス二人を、あたしはぼんやりとした頭で見ていた。


「日結花、考え事?」

「ん?…うん」


 隣から声をかけてきた知宵に言葉を返す。我ながらやけに深刻な声音に苦笑いがこぼれた。


「さっきのことかしら?あなたが郁弥さんを好きかどうかという話」

「…まあ、ね」


 ちょうど考えていることを言い当てられて、隣へちらりと視線だけを向けた。知宵の様子は特に変わったこともなく普段通り――。


「はぁ…」


 ――かと思ったらそんなことはなかった。堂々とため息をつかれてむかっとくる。


「なに?またつまんないことで悩んでーとか思ってる?」


 あたしだって今の状態はよくないと思うわよ。変にこんがらがっちゃってるし、知宵からしたらつまんないことかもしれないわ。でも、大きくため息をつくことはないと思うの。親友よ?もっと優しく声をかけてくれてもいいじゃない。


「いえ、つまらないというより、また郁弥さんのことで悩んでいるのね、と思って」

「…むぅ」


 予想外の返答で言葉に詰まった。

 呆れというよりも、半分諦め半分優しさ、みたいな感じ。知宵にしては表情も柔らかくて驚いた。


「彼のことになるとあなたはいつもそうだけれど、あなたが彼を好きでいるならそれでいいじゃない」

「…そんな簡単なことじゃないもん」


 "好きだから"。それで完結するならこんなに悩んでなんかいない。好きだから悩んで、好きだからどうしようもなくて、好きだから上手くいかないのよ。


「そうね。そうかもしれないわね」


 否定をされるかと思ったら、小さく頷いて肯定をしてくる。

 口角が少し上がって目元も緩んでいる。綺麗な微笑だった。親友の珍しい表情に驚いていると、一度あたしと目を合わせて言葉を続けた。


「でも、それが恋なのでしょう?ずっと日結花を見てきたからわかるのよ。上手くいかないことばかりだったじゃない。伝わらなくて、伝えてくれなくて、もどかしい気持ちを抱えて必死になって想いを伝えてきたことを私は知っているわ。今回も同じじゃないの。日結花なりに失敗しなさい。尻拭いならいくらでも私がしてあげるわよ」

「―――」


 何を言えばいいのかわからなくて、ぎゅっと胸の奥が温かいものでいっぱいになった。


「な、なに?そんな目で見ていないで何か言いなさいよ」

「…ううん。なんでもない。知宵、ありがと」


 恥ずかしそうに頬を染めてうろたえる親友にお礼を言い、少しの間目を閉じる。

 "失敗しなさい"だなんて、ばかみたい。最初からこのお話失敗すること前提じゃない。


「ふふっ」


 くすりと笑って閉じていた瞼を持ち上げる。

 今は全然わからないけれど、今回の話の後で全部わかるはず。それまではあたしはあたしにできることをちゃんとやらなくちゃいけない。

 わざわざ付き合ってくれる鮎夢さんに失礼のないようにするのが最低限の礼儀でしょう。

 あたしが郁弥さんのことを好きだっていうことは変わらないし、それだけは絶対だから大丈夫。だって、ほんの少しあの人の笑顔を思い浮かべただけで、こんなにも幸せがあふれてくるんだもの。

 この気持ちだけはちゃんと伝えないとね。どんな失敗があっても、この幸せを郁弥さんにも感じてもらえればなんとかなるわよ。それがたぶん、あたしにできる唯一のことでもあるから。

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