第三十一幕 ぎこちない調和


「おはようございます。ネモ。」

アニマの声で目が覚めた。


場所は宿屋の寝台の上。

昨日は少女と別れた後にザラと一緒に宿屋に辿り着いて、そこで泊ったのだった。


「ん・・・。ああ、おはよう。」

目を覚まし、身体を起こすとアニマが立っていた。

身体はまだ目覚めておらず、自分の思い通りに動かない。

頭の命令とそれを実行する身体の動作が一つ間隔がずれたように緩慢に身体を動かしていく。


「ネモ。準備ができたらザラと一緒にご飯を食べましょう。」

「そんな約束したっけ?」

「朝早くザラが部屋に来て約束したんですよ。」

「そうなのか?」

「ええ、だから準備しちゃって下さい。」

彼女はどうやら準備を整えているらしい。

自分も寝台から降りて、外套を羽織り、霧狼を肩にかけ、部屋を後にした。


しばらく歩いていると昨日行った酒場にたどり着いた。

ザラとはここで約束をしていたらしい。

中に入ると目覚めの刻でも中は渡り狼が大勢いて、大盛況だった。

しばらく人の波を避けて進んでいくと机の一角にザラが座っていた。


「あら寝坊助さん、おはよう。」

彼女が手を上げて自分がいることを主張した。

自分は控えめに手を上げて挨拶した。

そして自分もアニマもザラの近くに座った。


「二人はこれからどうするわけ?」

「ん?これからか・・・?当然他の町に行くさ。次の町の教会で預けられたらいいんだけど。」

「そうなの?いっその事二人で月都まで旅をしたらいいじゃない。」

「それは・・・。」

「それはいいですね。」

アニマが手を合わせて喜んでいた。


「アニマはいいみたいだけど?」

「まぁ、それは最後の手段だな・・・。」

「まだ昨日の事引きずってんの?」

「・・・。」

「図星ね。」

彼女はパンを一かけらちぎって口の中に放り込んだ。


「あんたに会った時からだけどアニマにあれ駄目これ駄目って言ってるじゃない。」

「危ないからそう言っているんだ。」

「アニマが遠くにいるともしもの時に自分が近くにいないとアニマを守れないからって言いたいんでしょ?」

「ああ、そうだよ。」

「そんなの親が小さい子供にしてやってることと同じじゃないの。」

「な・・・。」

彼女の一言が自分の中を深く届くように突き抜けていった。

自分が一番嫌っていたことを自分がやってしまっていたからだ。

父が自分を扱ったようにアニマにしていた。

自分はそれがアニマの守るためにやっていたことだからそれに気付くことがなく、ザラのこの言葉で分からせられてしまった。


「アニマも子供じゃないわ。あんたがのんびり寝ている間に朝早く私に・・・。」

「ザラ、それは・・・。」

ザラが何かを言おうとしたがアニマが遮った。


「その守りたいって言葉も言い訳じゃない。あんたの本音は自分が弱いことを隠してるからそう言ってんでしょ。」

「そんなわけ!」

彼女の言葉につい弾かれてしまい、声を荒げて、立ち上がった。

突然声を上げて立ち上がった自分に他の客の注目が集まる。

いままでがやがや騒いでいたのが嘘のように静まり返った。

そんな人の視線に恥ずかしくなり、また座り込んだ。

そして何事も無かったかのように騒がしさを取り戻した。


「そんなわけ・・・無いだろ・・・。」

「やっぱり分かってるじゃない。」

「だったら・・・。」

「どうすりゃいいんだよ。」と言いたかったが口に出せなかった。


三人の間に沈黙が包み込んだ。

ザラは肩肘を机に付けて不満そうに食べ物を口に放り込んでいる。

アニマも俯きながら黙々と食べている。

自分も二人が食べ終わるまで黙っていた。


そして食事を終えると酒場を後にした。

空は曇りっており、小さな星灯りさえ隠れてしまっている。


「雨が降りそうね。」

ザラが呟いた。


彼女が言った通り、ぽつりと手に水滴が落ちるとそれに続くように雨が降り出した。

雨は白い石畳の床を灰色に濡らしていく。


「まずいな。」

自分たちは雨をしのぎながら移動できる術を持っていなかった。

アニマがいる分強硬して行くわけにもいかない。


「今日は一日中止みそうにないな。」

家で農作業をしていた頃の勘がそう言っていた。

一刻もここから離れたいのに離れられないことにもどかしさのようなものを感じた。


「私はこれからこの町の休憩場に行くわ。あんたたちは行くんでしょ?」

「いや俺たちは今日はこの町に留まるよ。」

「そうなら一緒に町の休憩場についてきなさいよ。」

「いや俺たちは宿に・・・。」

「つべこべ言わずについてきなさいよ。それにさっきの話は終わってないわ。」

彼女が自分の拒否をさらに拒否した。


「用事があるんだよ。」

「用事ってそんな話していましたっけ?」

アニマがきょとんとした顔で聞いてきた。

もちろん嘘だが何が何でもザラの元から離れたかった。


「暇なんでしょ?ついてきなさいよ。悪いようにはしないわ。」

彼女は手に持っていたギターの入れ物を肩に掛けて、歩き出した。


「ネモ行きましょう?」

アニマに手を引かれる。

だが一歩踏み出せずにいた。


「やっぱり俺は宿に戻るよ。」

「ネモ。ザラはいい子ですよ。だから二人には出来れば仲良くして欲しいのです。」

彼女は少しだけ悲しそうな顔をしていた。


「だから一緒に行きましょう。話せば彼女のことが好きになりますよ。」


彼女は自分を見つめている。

少しだけ彼女から顔を逸らし、考える。


「分かったよ。」

そう言って彼女に引かれるがまま一歩踏み出した。


彼女はほほえんだ。


精霊灯が揺らめき照らす町の中、ザラの後を追った。


第三十一幕 ぎこちない調和 完









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